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第95話「祭りへの誘い」

 神社のお祭りと聞いて、心乃香はギクッとした。そこから、彼との奇妙な関係が始まったと言っても、過言ではないからだ。


「……お祭り……」

「ほら、誘う! 今誘う!」

「え⁉︎ 今から?」

「メッセージでいいからさ。それに今誘って、すぐ返事が来たら脈アリだし、断られたら脈なしだし、分かりやすいじゃん! 私頭いいー!」


 当たり前のことを、さも自慢げに得意がる姉の態度に、心乃香は呆れた。


 でも確かに良い方法かもしれない。自分では、こんな方法すぐ思いつかなかっただろう。まず人を誘うと言う発想がなかったのだ。今までの人生で、人を何処かに誘ったことなどない。


 心乃香が悩んでいるうちに、居間のテーブルの上に置きっぱなしになっていた心乃香のスマホを、姉が勢い良く取って投げて来た。


「ちょっ、危ないな!」


「早く! 早く!」


 姉と母親がウキウキと、心乃香が文章を打つのを、今か今かと待っている。


(……)


「見られてると、やりづらい!」


 心乃香は逃げるように、自室へ向かった。


「ちゃんと送るのよー」と姉が声を掛けて来る。もうあれは心配してるとかではなく、面白がってる。心乃香はそう感じて、より一層恥ずかしくなった。


***


 心乃香は自室に戻り、椅子に座ると机に置いたスマホを睨みつけた。散々考えた挙句「今週末のお祭り、一緒に行かない?」と言うメッセージを何とか送ると、その場で脱力した。


 面と向かって誘ったわけでもないのに、このエネルギーの消費……かつて八神はドッキリだったとしても、平気で自分をお祭りに誘って来た。


 気持ちがなかったから、簡単だったのかもしれないが、もし自分が逆の立場だったとしたら、何とも思っていなかったとしても、人を何処かに誘うと言う行為は、大変な勇気がいることのように感じた。


 きっと八神は、何とも思わない人間なのだろう。まさしく陽キャの所業……。住む世界が違いすぎると心乃香は改めて感じ、自分の身の程の知らなさに、悪寒が走った。


 でも、恋とは時に、そんな自分の中にあるはずの常識を、ねじ伏せてしまう熱情なのかもしれない。


(『恋』って……)


 そう改めて言葉にすると、心乃香かは耳元が熱くなった。

 心乃香は何で、こんな気持ちを、八神に抱くことになってしまったか考えた。


 始めはむしろ大嫌いだったのだ。自分とはまったく違う考えの持ち主だし、人の言うことは聞かない上に、迷惑を他人に無意識で、押し付けて来るような奴だ。


 挙句、自分の行動に責任も持てない、情けない所があって、無鉄砲で……


 そこまで考えて、何でこんなに八神のことが気になってるのか、心乃香は不思議に思った。合理的理由が思い当たらないからだ。


(分からない……分からないけど……気になる。彼のことを考えると、理由なく切なくなる……きっとこれが『恋に落ちる』ってことなんだ……)


 心乃香はそんなことを考えながら、スマホの前で斗哉からの返事を待ったが、待てど暮らせど、斗哉から返事が来ることはなかった。



つづく

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