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第93話「大切な人?」

「あんた、八神君と別れちゃったの?」


 何の脈絡もなく、姉が突然心乃香に尋ねてきた。


「……え?」

「だって、八神君、全然家に来なくなっちゃったじゃない?」

「あれは、勉強のためであって、元々付き合ってなんかないけど」

「は⁉︎」


 姉は座っていたソファーから、勢い良く身を乗り出した。


「いやいやいや! 嘘でしょ⁉︎ マジ付き合ってなかったの?」

「始めに、そう言ったと思うけど」


 心乃香は、夕飯で使うサヤエンドウの筋取りをしながら、淡々と答えた。


「嘘……あんた八神君のこと、何とも思ってなかったの⁉︎ 八神君の方は絶対、あんたに気があったでしょ?」


「八神がそう言ってたの?」


 姉は信じられないと、顔を片手で覆った。


「言わなくたって分かるでしょ? 何とも思ってなかったら、受験の年の夏休み中ずっと、つきっきりで勉強教えに来ないでしょ⁉︎」


「ああ。それは私が頼んだからで……」


「頼む程、仲が良かったってことじゃないの?」


 「はあ……」と心乃香は説明が面倒くさくなった。八神との不思議な関係を、上手く説明できる気がしない。


「仲が良かった訳じゃないよ。なんか、流れというか……他に頼れる人も居なかったし」


「は? ……よく分かんないけど、引き受けてくれたんだから、あっちはそれなりに、思ってたんじゃないの?」


「うーん。上手く説明できないけど、なんて言うか、八神は贖罪として引き受けたんだと思う」


「贖罪? ……って、あんた八神君になんかされたの⁉︎」


「まあ、色々あったんだよ……」


 心乃香は、これ以上姉に突っ込まれる前に自室に逃げたかった。もう全部終わったことなのだ。


「ちょっと! 何されたの⁉︎ あんた、まさか……」


 姉がいよいよ物理的に迫ってきた。


「ちょっ、肩掴まないでよ! サヤエンドウのスジが……」


「そんなの良いから‼︎」


 はあっと、再び心乃香は溜め息を吐くと、姉を睨んだ。


「何、想像してるか知らないけど、絶対お姉ちゃんの考えてるようなことじゃないから!」


「じゃあ、何なのよ⁉︎」


「……」

 

 これは適当に誤魔化しても、トコトン突っかかってくるパターンだと、心乃香はウンザリした。早く夕飯の手伝いを終えて、この場から立ち去りたい。


「……中二の頃、私、あいつに告白ドッキリに嵌められそうになったの」


「……は⁉︎ 何それ⁉︎ 嵌められそうにって何よ⁉︎」


「嵌められる前に、返り討ちにしてやったけど」


「……何それ……八神君にそんなことされたの? 信じられない、そんなことするようには……」


 はんと、心乃香は鼻で笑った。


「……お姉ちゃんの目は節穴だよ」


「でも、それ中二の頃でしょ? 八神君が来てたのって、中三の夏じゃない?」


 その空白の一年に関しては、とても説明できない。


「そのお詫びに、勉強教えに来てたって言うの?」


「まあ、そう言うこと……」


 姉は完全には腑に落ちないようだが、何とか納得したようだ。


「でもな……あんたへの態度見てると、とてもそれだけに見えなかったけど。大体あんた、八神君のこと返り討ちにしたんでしょ? だったら、結局告白ドッキリされてないってことじゃない?」


「……うっ……まあ……ね」


 心乃香は、痛い所を突かれたと思った。その態度を姉は見逃さなかった。


「そんな相手に、勉強教えてもらおうとするなんて、あんたも結構悪女だね?」


「いや……だからそれは、他に頼る相手が居なかったから……」


「仲のいい友達も作らないあんたが、それだけ八神君のこと、信頼してたってことじゃない? 確かに、八神君が実際あんたのことどう思ってたか分からないけど、それ、あんたにとっては、大切な人ってことでしょ?」


「え……」


 心乃香は、自分の気持ちに、急に名前を付けられて戸惑った。そんな風に考えたことが、なかったからだ。

 


つづく

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