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第92話「進路」

「え⁉︎ 女子校?」


 斗哉は、心乃香の第一志望を聞いて驚いた。何となくこのまま、高校もその先も一緒に居られる気がしていたが、そんなわけはないのだ。


「夏休み前は、もう絶望的だと思ってたけど、安全圏に入ったから」


 心乃香は、昼食後のお茶を(すす)りながらホッと一息ついた。


「……ありがとう。夏の間勉強に付き合ってくれた、八神とお姉ちゃんのお陰だよ」


「あ……いや、如月が消えることになったのも、元々オレのせいみたいなもんだし……」


「……八神が気にすることない。あれは私の意志でやったことだから。あ、もう昼休み終わる! それじゃあね。あんたも早く戻った方がいいわよ」


 そう言うと、心乃香は空の弁当箱を持って、慌てて図書準備室から出て行った。


「……」


 心乃香は、三年になっても相変わらず一人で、図書準備室で昼食をとっていた。


 一年間のブランクもあるだろうが、昼食を一緒にとる友人はいなく、少し心配なったが、それのどこが悪いのだという返しが、来そうだと思った。


 たまに時間がある時は、自分が今日のように一緒に昼食をとりにやって来るのだが、嫌がりもしないが、特に嬉しそうでもなく、元々彼女は一人でも、充分強い人だったと思い出す。


 斗哉は自分がいなくても、何ら困らないのだと認識させられた。


(あの調子じゃ、一年前した告白も、もう忘れちゃってるだろうな……というか、なかったことにされてるかも)


 はあっと、斗哉は溜め息を吐いた。


 もう一度確認してみようかと、何度か思ったことがある。でも、もしそれで改めてフラれて、今の関係が壊れるならと、どうしても一歩踏み出せない。


 昔はこんなことなどなかった。来る者拒まず、去る者追わず。以前将暉から言われたことを思い出す。自分から去って行く人間は、自分と合わなかったのだから、仕方ないと踏ん切りがついたのに。


 怖い……どうしようもなく怖い。


(もうどうすれば良いか、わっかんねーよ……)


 斗哉は誰もいなくなった図書準備室で、パイプ椅子にもたれながら、窓の外の鰯雲を眺めた。


***


 受験生の秋はあっという間に過ぎて行き、慌しい冬がやって来た。この頃は、お互い自分のことで精一杯だったと思う。


 ほっと一息つく頃には、空気の冷たさが和らいで、気が付けば桜の蕾が膨らみ出していた。


 思えば長いようで、短い三年間だった。人生のうちできっと、数パーセントの時間だろう。


 ただこの三年間、特に彼女を知ることになったあの季節のことは、一生忘れることはないと思う。


 彼女とは、これから別々の道を歩むことになったが、自分が彼女を忘れることはないだろうし、彼女もきっと、自分のことを忘れることはないはずだ。


 彼女がこの世界に「存在」さえしていてくれればいい。


 少し、物悲しい……物悲しいが、きっとこれがあるべき世界の姿だったのだ。


 桜が散る頃には、斗哉はそんな切なくも穏やかな気持ちになっていた。

 


つづく

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