第87話「如月家」
心乃香は見ていて哀れなくらい、そわそわと慌てだした。ついには斗哉に「もう帰って!」と泣きそうになりながら、促してくる。
その心乃香の様子が、可愛らしくて、可笑しくて斗哉はずっと、眺めていたい気持ちだった。
(それに――)
そうこうしている内に、心乃香の母親らしき人物が、玄関から出てきた。雰囲気は如月姉とよく似ている。心乃香の方は、もしかしたら父親似なのかもしれないと、斗哉は思った。
「お母さん、この人、心乃香の彼氏みたい!」
「ちょっ! そんなこと、一言も言ってないでしょ!」
心乃香は真っ赤になって抗議した。そんなにムキに否定されると、結構傷つくんだが……と斗哉は思った。
「……ただの、クラスメイトだから! たまたまお祭りで会って、送ってくれただけだから!」
まあ、間違ってはいない……そう思いつつも、斗哉には腑に落ちない何かがあった。
「えー⁉︎ そうなの⁉︎ えーーー‼︎」
如月姉の奇声が、周辺にこだまする。心乃香は姉と「仲良くない」と言っていたが納得だ。心乃香とは正反対のタイプだ。だが――
「もう、お姉ちゃん、ご近所迷惑よ。えっと……」
如月母が斗哉を見遣った。たとえただのクラスメイトだろうが、ここまで送ってきて、心乃香の家族と顔を合わせたのだ。自己紹介する権利くらいあるはずだと、斗哉は思った。
「八神斗哉です」
「心乃香の母です。わざわざ送ってくれてありがとうね。……良かったら、ちょっと上がって行かない?」
何を言い出すんだと、心乃香は真っ青になった。
「な、何言ってるの! やめてよ!」
心乃香の慌て振りに、如月姉は何やらピーンときたようだ。
「もしかして、お祭り一緒に行ってたんじゃない? 大体アンタが一人でお祭り行くなんて、有り得ないじゃない⁉︎ ……あ‼︎」
如月姉は、更にとんでもないことに気が付いたと、大声を上げた。
「もしかして、心乃香が去年お祭りデートに行った相手って、キミじゃない⁉︎」
去年のお祭りデートとは、告白ドッキリの仕返しを喰らった日のことだろうと、斗哉はピンときた。
「……あ、はい」
斗哉が反射的に答えると、如月姉はやっぱり! と如月母を見遣った。
「ほら、お母さん! デートに着て行く服がないからって、あの浴衣を着付けた時の!」
「あらあら、まあ! その節はどうもお世話になりました」
如月母は、深々と斗哉に頭を下げだした。斗哉は訳も分からず恐縮しながら、心乃香に助けを求めたが、彼女は両手で顔を覆っている。耳まで真っ赤だ。
「……まさか心乃香が、男の子を家に連れて来る日がくるなんて……」
如月母は頭を下げながら、涙声で呟き出した。
「ちょっとお母さん、本当涙脆いなー! 心乃香だってやる時はやるわよ! ……八神君、これからも心乃香のこと、よろしくね」
如月姉はそう斗哉に言い残すと、泣き出した如月母を庇うように、家の中に消えて行った。
まるで嵐が過ぎ去った後みたいだと、斗哉はしばらく放心していた。ただ、心乃香が家族に凄く愛されていることが分かって、斗哉はホッとした。
これなら今日は、自分が隣に居なくても大丈夫だろうと感じた。
「……ごめん、騒がしくて……」
「ううん。今日は家でゆっくり休んで」
「……うん」
「明日、学校来る?」
「……あ、うん」
斗哉はそこまで話して、あることに気が付いた。明日から――どうなるんだろう?
彼女は「一年間」この世界に居なかったのだ。彼女が再び現れた瞬間、陸や将暉、如月家の人間が彼女のことを思い出したことを考えると、世界が今まで彼女が存在していたかのように、上書きされているはずだ。
それは、二人が知らない過去なのだ。
斗哉は、それを思うと身が引き締まる思いだった。これは想像以上に、面倒なことかもしれない。
「如月、連絡先交換しよう。ちょっと相談したいことがある」
心乃香は、斗哉のその変わりように少し驚いたが、すぐ先程の自分を切り替えて、分かったと頷いた。
(ああ……やっぱり、如月は頼りになる)
つづく
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