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第85話「将暉と陸」

 気が付くと、二人は神社の階段を降り切っていた。


 その階段の先を見つめていた時――


 「あ、斗哉じゃん!」と呼び掛ける声がした。


 瞬間、階段は消え去り、人々の喧騒が戻ってきた。本当の意味で、現実に戻ってきたのだ。


「……将暉!」


「お前、来てたのかよ! 連絡よこせよ! ……あ、陸、こっちこっち! 斗哉来てたみたい」


「あ、本当だ。……ん?」


 将暉に呼ばれて駆け寄ってきた陸は、斗哉の後ろに、誰かいることに気が付いた。


「あれ? ……如月?」


(……⁉︎)


 斗哉はその陸の反応に驚いた。


(……彼女のことを……覚えてる?)


「あ、本当だ! 如月じゃん、何で……あ……」


 将暉も心乃香の存在を確認して、声を掛けてきた。そして、斗哉が心乃香の手を握っていることに気が付いた。


 陸もそのことに気が付いたようで、二人は顔を見合わせた。


 心乃香は途端に居心地が悪くなり、斗哉の手を振り解こうとした。


 だか、斗哉は二人を見据えながら、しっかりと心乃香の手を握ったまま、離そうとしない。


「……もしかして、お前の好きな子って……如月?」


 陸が恐る恐る斗哉に尋ねた。斗哉に動揺の色はまったく見られなかったが、逆に心乃香は、突然の指摘に見る見る顔を赤くした。


(なっ、なんで……五十嵐がっ!)


 続いて、将暉が呆れたように言い放った。


「えっ? ……マジかよ? ……本当に、冗談じゃなくて?」


 将暉は思っていることが、すぐ口に出るタイプだった。斗哉と陸はそれが良く分かっていて、二人の心の中で「マズイ」と警報が鳴った。


 その上、斗哉は心乃香のプライドの高さも良く分かっており、肝が冷える思いで心乃香を見遣った。


(……⁉︎)


 先程までの、可愛らしい心乃香はどこへやら、彼女の目は完全に据わっており、射抜くように将暉を睨んでいた。


(……ヤバイ!)


 そう思った時には遅かった。心乃香は力一杯、斗哉の手を振り解いた。


 そして将暉が「有り得ない、信じられないんだけどー!」と嘲笑すると同時に、心乃香は将暉の頬に、右ストレートをお見舞いした。


 渾身の一撃だったせいもあるが、将暉は面白いくらいに、後ろに吹き飛んで尻餅を着いた。


 陸は何が起こっているか分からず、微動だにも動けない。斗哉も吹き飛ばされた将暉を、固まったまま見ていたが、やがて「あーあ」と頭を押さえた。


 将暉本人も、何が起こったか分からないらしい。ただ口をパクパクさせて、恐怖に慄いている。


 心乃香は右手首をふるふると振った。そして将暉を、かつてない程の冷たい視線で見下した。


「頬に蚊、止まってたわよ」


 将暉には悪いが「いつもの如月が戻ってきた」と可笑しさと嬉しさが、斗哉に込み上げてきた。



つづく

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