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第83話「三周目〜絆〜」

 斗哉は信じられないと、息を呑む――


 ずっと、ずっと会いたかった人がそこにいる。自然と目頭が熱くなる。


 いや、会いたすぎて、幻を見ているのかもと、斗哉は恐る恐るその少女の頬に触れてみた。


 (さわ)れる……温かい、彼女の体温だ。


 はあっと震えるように息を吐くと、斗哉は彼女の側で膝を折り、眠っている彼女の肩に、そっと自分の額を当てた。


(……如月だ……本当に如月なんだ……)


 肩に斗哉の体温を感じたのか、心乃香はすうっと目を開けた。心乃香の意識が戻ったことに、斗哉は反射的に気が付く。


「……ここは?」

「如月‼︎」


「えっ⁉︎」と心乃香はその声にビックリしたように、そちらを見遣った。


「八神……何で? これは、夢? ……私が見えるの?」

「夢じゃないよ」


 心乃香はおもむろに起き上がって、斗哉の頬に触れた。


「何で? 私、消えたんじゃ? これ、現実なの?」


 斗哉は自分の頬に触れている、心乃香の手を掴んだ。


「現実だよ」

「八神、……私のこと覚えてるの?」

「何、言ってんだよっ、忘れるわけないだろ!」


 そう涙声で吐き出しながら、斗哉は心乃香を抱きしめた。あの出雲で感じた、彼女の温もりと柔らかさだと、彼女は戻ってきたんだと、抱きしめる腕の強さを強めた。


「本当に? だって、私消えかけて……八神に忘れられちゃったんじゃないかと、思って……」


 心乃香は涙を零しながら、八神の背中に手を回すと、その彼の存在を確かめるように、ギュッと力を入れた。


「如月のこと、オレが忘れるわけないだろ? ……ずっと、想ってた如月のこと。いつか、また会えるって信じてた……けど」


 斗哉は心乃香を抱きしめる腕を緩め、ズボンのポケットから、ハンカチに包まれた、あの御守りを取り出した。


「その、御守りって……」


「さっき、この御守りが突然割れて……嫌な予感がして、飛んで来たんだ。そしたら、あの階段が現れて、必死で登って来た」


 心乃香はそれを聞いて、思い当たることがあった。辺りを見渡す――


(クロ……あんたが、八神を導いてくれたの?)


 そう考えるだけで、心乃香の瞳から再び大粒の涙が流れてきた。


(ありがとう……クロ)


 斗哉は心配そうに、心乃香の顔を覗き込んだ。


「八神……私を忘れないでくれて、ありがとう」


 斗哉は心乃香の瞳に溜まった涙を、唇で拭った。心乃香はその斗哉の行為に、唖然と固まった。


「えっ⁉︎」


 斗哉はその心乃香の反応に満足すると、次には心乃香の唇に、自分の唇を重ねた。


 そっと唇を離すと、心乃香は見る見る顔を赤くしていき、信じられないと、両手で自分の唇を覆うように隠した。


「……なっ! なっ! なっ!」


 心乃香の反応があまりに可愛くて、愛おしくて、斗哉は自然と笑みが溢れてきた。


(……あっ)


 斗哉は突然あることを思い出した。将暉が書いた、罰ゲームの二枚目のカードの内容だ。


『キスをする』


 はからずとも、今、そのもう一枚のカードを切ってしまった。


 あの頃は、そのカードの内容が切られた時、彼女がどんな反応をするのかと、残酷に、面白半分で見物するつもりだったのだ。


 それが今は、もう完全に逆だ。どうしてこんなことになってしまったんだろうと、斗哉は思う。


 まさかあの頃は、自分がこんな風になるなんて思ってなかった。本当にどうしようもなかった自分。その自分の世界を変えたのは、間違いなく彼女なのだ。


(恐れ入る……本当もう、降参だ)


 ――だけど……


 斗哉は、心乃香の両手をガッチリと掴む。そして再び心乃香に顔を近づけると、彼女の額に自分の額を充てがった。


「……もう絶対離さないから、覚悟してよね?」



***


 黒猫はそんな二人の様子を、鳥居の天辺に寝そべりながら、ニヤニヤ見ていた。


(……あいつ、心乃香のこと、忘れたんじゃなかったのか……ヒヤヒヤさせやがって……)


 ふうっと黒猫は天を仰いだ。


(……でも、心乃香元気になって良かった。……ボクもキヨコに会いたくなっちゃったよ……)


 黒猫がそう願った時、黒猫の体が光に包まれた。黒猫は再び二人を見遣る。


(ちゃんと、幸せになんないと承知しないぞ!)


 そして黒猫の体は光の粒子と共に、祭りの夜空に溶けるように消えていった。



つづく

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