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第81話「三周目〜私を忘れないで〜」

 斗哉は祭りに向かおうした時、どこからかした「ピシッ」という音で、出て行こうとした部屋を振り返った。


 何の音だと部屋内を見渡したが、原因が分からない。


 再び部屋を出て行こうとして、ふっと目に入った。机のデスクランプに掛けてあった、桜貝の御守りに亀裂が入っていた。


 斗哉が恐る恐る、その御守りに手を掛けようとすると、貝の御守りは亀裂部分から綺麗に割れて、破片が斗哉の掌にハラリと落ちた。


***


「心乃香! 光ってる!」

 

 その黒猫の呼び掛けに、心乃香はビクッと振り向いた。光ってる? 何がと言いかけた時、自分の体が光っていることに気が付いた。


 光の粒子が蛍のように、自分の体から舞い上がって行く。


 その時、心乃香は理解した。自分が消えることを。


「待って、心乃香! まだ行かないで! ……やだよ、消えないで!」


 斗哉が自分を忘れたのだ。


(私の記憶から解放されたんだ……ほら、やっぱり最後には裏切られるんだ。……良かった、信じなくて。本当に良かった――)


 あんな告白、信じてない。信じなくて良かったと思っているのに、心乃香の瞳から涙が溢れてきた。


(違う……この涙は、消えることの悲しみから流れてくる涙じゃない。信じなくて、良かったと言う、安堵からくる涙よ)


「嘘! 嘘だよ! 忘れられるのが悲しいんだ! 心乃香は、アイツに忘れられたくないんでしょ⁉︎」


 黒猫は、心乃香の心を見透かすように吐き出した。


「だって、いつもここに来るアイツのこと、寂しそうに見てたじゃん!」


(……⁉︎)


「ボクも……ずっと一緒に居たかった人に『裏切られて』悲しかった。悲しかったんだ……でも、彼女と会ったこと、彼女がボクにくれた言葉、忘れたいなんて思ってない!」


 黒猫は、大粒の涙を流しながら叫んだ。


「まだ、行かないで! 諦めないで! だってまだ、心乃香はこの世界にいるんだから!」


「……でも、もうアイツは私のこと、忘れちゃったのに……」


 そう吐き出して、心乃香は涙が止まらなくなった。


(忘れないで、私のこと……忘れないで……)


 心乃香は腕を交差させ、自分の肩を抱いた。


(私も忘れたくない! でも、この世界から消えたら、『この気持ち』も消えて無くなっちゃう……)


 思い出して欲しいとは言わない。だけどせめて、この気持ちだけは、この世界に残したいと心乃香は祈った。


 姿が薄らと消え始めた心乃香を目の前に、黒猫はどうしていいか分からなかった。


 何で忘れちゃうんだと、黒猫は斗哉に怒りを覚えた。


(ずっと、未練たらしく神社に通ってたのに! 何で肝心な時に、彼女の側にいないんだ!)


 黒猫は背中の毛を逆撫でた。


(思えば出会った時から、嫌いだった。勝手に自分の惨めな姿とボクを重ねて、ボクの死体を弔った。大体あの時のアイツの『後悔』だって、ボクに言わせれば全然大したことじゃない。だってまだ、彼女は『生きて』この世にいるのに、自力で何度でもやり直せたはずなんだ!)


 黒猫の斗哉に対するイライラは、頂点に達して行く。


(それを自分は今、世界で一番不幸だみたいな顔をして、ちょっと煽られたくらいで、ボクに願い事をしてきた。あんな奴、呪われて当然だ! しかも今、好きだった女の子を、こんな風に泣かせてる!)


 黒猫はついに、シャーっと牙を剥く。


(男としてもサイテーだ!)


「心乃香、時間を戻す」

「⁉︎」

「アイツが、心乃香を覚えている所まで戻って、ボクが……」

「待って! 止めて!」


 心乃香は、また再び黒猫が時間を戻したら、現状の何倍も酷いことになると確信していた。


「絶対ダメ! 止めて! それだけはダメ!」

「……だけど……」


 黒猫は心乃香に止められて、歯を食いしばった。どうすることもできないのかと、胸が張り裂けそうになる。


(どうしたら……消えちゃう……心乃香、消えちゃうよ……! ……心乃香が消えないためなら、悲しまないためなら、何でもするのに!)

 

 その時、黒猫はある鈴の音を聞いた。神気のこもった鈴の音だ。確かに彼の気配を感じたのだ。


(アイツ……!)

 


つづく

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