第74話「三周目〜世界のあるべき形〜」
掴んでいた心乃香の手が消えて、斗哉の手は宙をかく。
斗哉は、何が起きているか理解できなかった。辺りに虫の鳴き声が戻ってくる。
「ボク……ちょっと、分かったかもしれない」
黒猫は、既に心乃香が消えた空間を見つめていた。
「心乃香は、やり直したんじゃない。過去を否定しなかった。それを受け入れたまま、前に進んで自分を変えたんだ」
斗哉は、心乃香が消えたことを、当たり前のように呟く黒猫を、信じられない面持ちで見た。
「変えた?」
「ボクから一つ『呪い』が外れたみたい。心乃香が『許す』って言ったから」
「……き、如月は?」
斗哉は恐る恐る尋ねる。黒猫は頭を横に振った。
「……そんな……」
項垂れる斗哉を横目に、黒猫はすくっと立ち上がると、ひょいひょいと、古い鳥居の天辺に登って行く。
「まっ!」
斗哉は慌てて呼び止めた。このまま黒猫を行かせてしまったら、彼女とはもう二度と……
「また、時間を戻せとでも言うつもり?」
「⁉︎」
黒猫は斗哉を鋭く睨みつけた。
「彼女がしたこと、無駄になるよ。お前はまだ、あの時のこと『後悔』してる。ボクも死んだ時の『悔恨』が忘れられない……でもそれじゃ、きっとダメなんだ」
だから黙って、すべてを受け入れろってことか?もう彼女の居ない世界で、のうのうと自分だけ生きて行くなんて――
「だったら、オレも……」
黒猫は、斗哉の次の言葉を察したようだ。
「お前まで消えたら、彼女は本当に、この世界から完全に消えるよ?」
「え⁉︎」
「今なら、分かる。本当に死ぬって、『忘れられる』ことなんだ……」
「そんな……」
「消えたきゃ、勝手に死ねばいい。お前以外、彼女を覚えている者は一人もいなくなり、その時、完全にこの世から存在が消える」
黒猫の言葉には、薄ら怒気が含んでいた。結局、自分は今まで何をしていたのかと、斗哉は思った。
一つの過ちを「なかった」ことにする為に、何かを犠牲にして、それを取り戻そうとして、また更にどんどん多くのものを失ってきた。
始めから「後悔」なんかしなければ、良かった。「後悔」するようなことをしなければ良かった。
それでも人は何度も間違えるし、何度も後悔して生き、死んで行くのだろう。
『後悔』をなかったことにはできない――
斗哉はそんな当たり前のことに、やっと本当の意味で気が付いた。いつの間にか、スーと涙を頬が伝っていた。
「……何で如月は、オレが死んだ時『肩代わり』なんてしたんだろう? ……オレのこと、大嫌いだって、言ってたのに……」
黒猫は、天を仰いで呟いた。
「お前に対する『憎しみ』っていう名の『愛』のせいじゃない?」
「憎しみなのに……愛かよ?」
「憎情も、嫉妬も、怒情も、同情も、欲情も、恋情も……すべての他人に対する『情』は『愛情』の一部なんだって」
「なんだよ、それ?」
「生きてた頃……そんなこと、言って奴がいたんだ」
「猫が?」
黒猫はふっと微笑んだ。
「さあね。でも、今ならそれがなんか分かる……」
黒猫が夜の闇に溶け出した。
「……良かったじゃん、斗哉。お前、心乃香に『許して貰いたかった』んだろ?」
「……」
「もっとも、『今後、誰のことも裏切らない』ならって、条件付きだけどな!」
そう叫びながらにっかりと笑うと、黒猫は完全に闇の中に消えて行った。
こうして如月心乃香は、この世界から姿を消したのだ。
つづく
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」「今後どうなるの⁉︎」
と思ったら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちで、もちろんかまいません。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。