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第67話「三周目〜朝〜」

 柔らかな光を感じて、心乃香は目覚めた。空気中の埃が、象牙色の天蓋の隙間から、差し込む朝日に照らされて、キラキラと舞っている。


(……ここは……どこだっけ?)


 心乃香は寝ぼけまなこで、ゆっくりと辺りを見渡そうとした。


「おはよう。やっと起きたか」


 すぐ近くで、少し低い心地よい声がして、心乃香は心臓が止まり掛けた。恐る恐るその声が発せられた方へ、視線を遣る。


 肘をつき、頭を支えながらすぐ隣で、斗哉が横になり、呆れ顔でこちらを見ていた。


(……なっ! どういう状況、これ⁉︎)


 なんでコイツが隣に寝ているんだと、心乃香は、呼吸するのを忘れそうになるくらい、ビックリした。


(夢だ――私、まだ夢を見ている――)


 心乃香がそう思い込もうとした時、斗哉は、心乃香の心を読むように呟いた。


「夢じゃないよ」

「……あ、あの……」

「まだ寝ぼけてるの? マジぐっすり寝てたんだな……人の気も知らないで」

 

 はあっと溜め息を吐き、斗哉は心乃香に身を寄せると、心乃香の頭のすぐ上に手を伸ばした。心乃香はすぐ傍に斗哉の体温を感じて、顔が熱くなった。心臓が早鐘を打つ。


(ちょ、ちょっと、待って、これどういう状態なの⁉︎)


「ほら、眼鏡。窮屈そうだから外しといた。それ掛けたら、少し頭も動くだろ」


 斗哉はそう言うと、心乃香にそのまま眼鏡を掛けてやった。


 その時、部屋の外からゴーン、ゴーンと鐘の音がした。


「なんだろ? 起きろって言う合図かな?」


 斗哉は、天蓋の隙間から外を覗いた。そのままよっと起き上がり、「見て来る」と短く言い残し、天蓋の(とばり)を上げると外に出て行った。


 心乃香は、斗哉を呆然と見送ることしかできなかった。


(……何? ……今の……リア充、怖っ……)


 一夜を共にしたような、その斗哉の大人びた雰囲気に、心乃香はリア充の恐ろしさ、をマジマジと感じた。


 いや一夜は共にしたんだと、はっと心乃香は自分の体を見る。特に浴衣に激しく乱れたところはない。


(……いや、何かされたら、流石に気が付くでしょ⁉︎ ……なに考えてるの、私! ……それに)


 心乃香は、昨晩の斗哉の捨て台詞を思い出した。


『そんな心配しなくても、お前なんかに手、出さねーよ』


(……そりゃ、そうだ……私、どうかしてた)


 心乃香は急に現実を取り戻したように、身を起こし、すくっと立ち上がった。


 心乃香が天蓋の外に出ると、漆塗りの衣装箱の中に、自分が着て来た服が、綺麗に畳まれて置かれていた。


***


 心乃香は自分の服に着替えると、部屋を後にした。外はすっかり晴れていて、白木の廊下を進む。アイツはどこまで行ったのだろうと、周りを見渡しながら、神殿に向かった。


 しばらくすると、空腹をくすぐるいい香りが漂って来た。心乃香はその香りに、誘われるように歩いて行った。


***


「うえええあええ……ぎもじ悪い」

「完全に、二日酔いですね」

「猫って、酒飲んで大丈夫なの?」


 そんな会話が聞こえて来て、心乃香は足を早めた。


 ちょうど昨晩、夕餉を頂いた大広間に出た。


「あ、如月」


 円座の上でへたり込んでいる黒猫を、斗哉と白が取り囲んでいる。


 斗哉の前とその隣の空席の円座の前に、お膳に乗せられた朝食が用意されていた。


 いい香りの原因はこれかと、心乃香は急にお腹が空いてきた。

 


つづく

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