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第66話「三周目〜一夜〜」

 今日はもう遅いので明日の朝、御出立くださいと、二人は宿舎に案内された。繁盛期は、神様たちの宿泊施設に使われているところらしい。


 繁盛期とは? と斗哉が首を傾げていると、心乃香が「神在月じゃない?」と呟いた。


 ただ、二人はその宿舎の部屋に通されて、ギョッとした。

 宿舎自体は寝殿(しんでん)造りのような形で、格子と簀子(すのこ)で簡易的に仕切られた、さほど大きくない部屋だった。


 中には、屏風(びょうぶ)几帳(きちょう)が立てかけられていて、まるで源氏物語の世界にでも、迷い込んだようなところだった。そこまではいい。


 ただ、中央に天蓋(てんがい)付きの豪華な寝室が鎮座している。古典的に言うならまさに『御帳台(みちょうだい)』だ。


 斗哉と心乃香は、この御張台を見てギョッとしたのだ。これではまるで二人で――


「此方のお部屋、二人でお使いください」


 やっぱり! と二人の悪い予感が的中した。


「あ、あの、もう一つ部屋を……」


 そう心乃香が慌てて言いかけると、白が心乃香たちにぬっと迫って、顔を寄せてきた。


「何か問題でも? お二人は夫婦(めおと)ですよね?」


『は⁉︎』


 あまりのことに、二人の驚きの声がハモった。すかさず、心乃香が抗議する。


「ち、違います! だから、困ります!」


 そう慌てる心乃香に、白は更に詰め寄ってきた。


「だってお二人とも『縁結び』の御守り、お買いになりましたよね?」


「えっ?」と二人は息を呑んだ。縁結びの御守り?


(……あ……)


 二人は同時に、あのお祭りで買った、桜貝の御守りのことを思い出した。確かに買った。買っていた。


(だが、あれは……)


 途端に二人は居心地が悪くなる。


「まさか、冷やかしで『御守り』を買われたわけではないですよね?」


「いや、その……」


「御守りには神の力が宿っています。買った時点で、御利益として力が発揮されるのです。貴方たちの縁は結ばれた……なのに」


 白が凄いオーラを放ち、二人を捉えて離さない……そんな迫力だった。


「その力を適当に扱うなど、天罰が下りますよ!」


 確かに、神の力を(ないがし)ろに扱って天罰が下り、今二人はここまで来ているわけだから、何も言い返せなかった。


 白は姿勢を正すと、次には穏やかに言葉を続けた。


「お部屋は、お二人でお使いください」


『……はい』


 二人はもう頷くしかなかった。


***


 斗哉は、先程の反射的な心乃香の嫌がり方に、無意識に傷ついていた。その感情が沸々と込み上げてきて、ついつい思ってもないことが言葉に出てしまった。


「そんな心配しなくても、お前なんかに手、出さねーよ」


 言ってしまって斗哉はハッとした。その呟きが心乃香の耳に入ってしまい、彼女は見る見る顔を赤くした。


「別にそんなこと、心配してないわよ! だって『やだよ。あんなのとしたくねーし!』って言ってたもんね!」


 心乃香はそう吐き捨てると、ズカズカと寝所に入り、衣桁(いこう)から薄手の絹衣なようなものを乱暴に剥ぎ取ると、それに包まって寝てしまった。


 あの時の悪巧みの会話だと、斗哉は心乃香の記憶力に舌を巻いた。


(う……またやってしまった)


 どうして心乃香の前だと、こう憎まれ口を叩いてしまうんだろうと、斗哉は自分が嫌になった。他の女子相手なら、嘘でもこんなこと言わないのに。


 斗哉はしばらく天蓋の入り口で、ふて寝してしまった心乃香の姿を見つめていだが、入り口の(とばり)を静かに下ろしながら、意を決して天蓋の中に入った。

 


 嘘だ――


(今、本当はめちゃくちゃドキドキしてる。一緒の傘に入って肩から体温を感じた時や、祭りの日、初めて手を繋いだ時なんかの比じゃない)


 斗哉は、自分の暴れる心臓の音を鼓膜に感じながら、やっとの思いで心乃香の横に寝そべった。天蓋は柔らかな布だし、()くし上げれば、すぐに外に出ることも可能だ。でも何もしなければ密室空間。古典の源氏物語なんかでは「そういうこと」をする場所だ。


 斗哉は、落ち着けと自分に言い聞かせた。彼女のことを知る前、ただのクラスメイトだった頃、なんとも思っていなかったし、彼女をそんな風に見るなんて、あり得ないとさえ思ってた。


 一回目に告白ドッキリを仕掛けた時は、少しぐらついたが、あの彼女は、演技で作られたものだと分かったし、その後、彼女の本性が分かり、恐ろしいとすら感じた。


 なのに今は――


(何なんだろう、この気持ち?)


 相変わらず太々しいし、可愛げないし、マイペース過ぎて、人に合わすこともできない孤独を愛する奴だ。分かり合えないと、斗哉の頭にさまざまな心乃香が浮かび上がる。


(――しかもオレを憎んでる)


 斗哉は、ふんわりとした、心乃香の後ろ髪を黙って見つめていた。


(だけど――それだけじゃない。いやむしろ、それすらも――)


 この溢れてくる感情の、名前を知りたくなくて、斗哉は目を閉じようとした。


 不意に、目の前の心乃香の白い(うなじ)が目に入り、斗哉は心臓が飛び出しそうになる。さっき咄嗟に心乃香を抱きしめてしまった時の、彼女の柔らかさが思い出され、体が熱くなった。

 


(触れたい……)


 そう頭に浮かんでしまい、斗哉は自覚しないわけには行かなかった。


(こんなん、ずるい……無理だよ。どうしたら、いいんだよオレ……)


 斗哉は何かに耐えるように、ぎゅっと目を瞑った。心乃香に大嫌いだと言われたことが辛かった。こんな風に拒絶されることが辛かった。それでも、こうして彼女の傍に居られることが嬉しいのだ。


(オレ……もう、如月のことが……)


 斗哉は心臓の高鳴りが治らず、その夜は一睡も眠ることができなかった。



つづく

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