第59話「三周目〜出雲への旅路〜」
「八神、八神!」
斗哉は呼びかけられて、ハッとした。どうやら眠ってしまっていたようだ。
「立ったまま寝るなんて、本当器用ね。席空いてきたわよ」
大きな駅を通過し、乗客が少なくなったようだ。斗哉は心乃香に、車内に促された。
「ここ座って」と心乃香が座席をポンポンと叩く。窓際には、大量の駅弁の残骸が置いてあった。斗哉は本当に全部食べたのかと、呆れてしまった。
斗哉が座ると心乃香は車内販売で買ったのか、お茶のペットボトルを差し出した。それから先程買っていた、駅弁の一つのサンドウィッチ。
「あげる。大船軒サンドウィッチ、美味しいわよ。岡山に着くまでまだあるし、少しお腹に入れておいた方がいい」
そう心乃香は斗哉にサンドウィッチを差し出すと、自分は車内で買ったのか、アイスクリームの蓋を開けた。
「うわっ! まだ固い! もう食べ頃かと思ったのに! 流石、新幹線のスゴイカタイアイス!」
「なんだ、それ?」
「知らないの? 凄い有名なのに? 一度、食べてみたかったのよね」
と、呑気にアイスを突いている。もうその間抜けな心乃香の有様に、斗哉はすっかり毒気が抜かれてしまった。さっきまで死にそうに悩んでいた自分が、滑稽に思える程たった。
そこまで斗哉は腹が減っていなかったが、心乃香から受け取ったサンドウィッチの箱を開けた。
中には、シンプルなハムとチーズのサンドウィッチが入っていた。食べ易く切ってあり、斗哉はそれを口に運んだ。
懐かしいような、素朴な味でとても美味しいと感じた。ふっと顔が綻ぶ。こんなことがなければ、出会えなかった味かもしれない。
何だかんだと世話を焼いてくれる心乃香に、斗哉は不思議な感覚を覚えた。
こんな奴だと思わなかった。一見地味で暗く、大人しくて、友達のいなさそうな陰キャ。これが心乃香の印象だった。
でも、蓋を開けたら自分のスペックに見合わないプライドの持ち主で、自分を馬鹿にする者には容赦がない。相手が男だって、関節技を決めてくるような奴だった。
怖い女……ただ、それだけでもない。彼女は自分の信念に、真っ直ぐな人なのだ。
(オレに対する『思いやり』も、恐らくそこから来ているんだろうな……)
斗哉は始め、世の中の「敗者」足りえる彼女のような人間には、何をしてもいいと無意識に思っていた。だが、彼女は本当に「敗者」だろうか?
いや、自分が「敗者」だと思ってきたすべての人間も、それぞれの生き方があり、決して「負けている者」ではなく、そんな区分で区切れないのではないかと斗哉は思った。
「何?」
「え?」
彼女に話しかけられ、自分がじっと彼女を見つめていたことに、斗哉は気が付いた。慌てて目を逸らす。
「あのさ……お前、家の人とか心配しないの? 最悪、今日行って、帰って来られないもしれないし……」
計算だと出雲に到着するのは、今日中に何とかなるだろうが、もし出雲で手間取ったら、今日中に地元に帰れないだろう。
(自分は今、心配する親もいないわけだが……)
「大丈夫。両親は大きな花火大会を観に、地方に泊まりで出かけてるし、姉は合宿中で家に居ないから。何かあったら、スマホの方に連絡するように言ってあるし。私、元々家電出ないし」
そう淡々と話しながら、心乃香は何とか溶けてきたアイスを頬張った。
「花火大会? お前行かなくて良かったのか?」
斗哉は家族旅行をボイコットしてまで、自分に着いて来てくれた心乃香に、申し訳なくなったが――
「別に? 毎年行ってないし。てか、人が混雑してる所、大嫌いだから」
花火大会が嫌いな奴なんているのかと、斗哉は唖然とした。
(待てよ――)
「……もしかして、デートにお祭り誘ったの、スゲー嫌だった?」
心乃香は、冷ややかに斗哉を睨んだ。
「……あの話を蒸し返すなんて、あんたどう言う神経してるの? 逆に尊敬するわ。ドッキリでもなかったら、絶対行かなかったし、そうでなかったとしても、嫌だったわね」
うっ、そりゃそうだと斗哉は反省した。でも大嫌いな場所に、どんな理由であれ来てくれたわけだ……斗哉はそう考えると、不思議と顔がニヤけてきた。
つづく
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