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第42話「一・五周目〜彼の願いごと〜」

「こっちに来て!」


 黒猫は、道路に面した長い階段を指刺した。

 

「……?」


 さっきまで、こんな階段なかった気がする。不可解だ。

 あまりに不思議なことが次々と起こり、私から悲壮感を奪って行く。


 その階段を促されるまま登って行くと、古びた鳥居が見えてきた。こんな古い鳥居、神社の敷地内にあっただろうか? 私はますます不思議に感じた。


 その鳥居の先に、古びたお堂があった。この神社のことは割と詳しいが、初めて来る場所だった。


「あいつは、願いごとが叶う前に死んじゃったんだ」

「……願いごとって、どういうことなの?」

 

「ボク、時間を戻せるんだ。ただ、人がその力を使うには、代償がいるんだけど……」

 

「それで、命を持ってかれて死んだって言うの? 願いも叶えて貰えないで、代償だけ持って行かれた……まるで詐欺じゃない⁉︎」

 

「うっ! そう言われると、ボクも弱いんだけど、何が持って行かれるか、ボクも分からないんだ。代償はそいつが持ってる『一部』なんだけど、『命』も一部だから、運悪く、それを持って行かれちゃったんじゃない?」


 うーんと、とんでもないことを言いながら、黒猫は小首を傾げた。


「で、私に何をさせたいの?」


 黒猫は、その答えを待ってましたと言わんばかりに、ニヤッと私に向き直った。

 いつの間にか私は、自然と心が据わってきていた。


「もう一度、代償を払えば、彼の時間を戻してあげる。ただその代償を払うのはキミだよ」


 神様なんて、嘘だ。こいつは悪魔だ。まるで同情するように近づいて来て、人間を更に貶めようとしている。


 タダより安いものはない。かえって、代価を支払わなければいけないと言われた方が、信じられるってものだ。


「私に八神の願いごとの代償を、肩代わりしろってこと?」

「話が早いね、その通りだよ」


 黒猫が本性を表したと思った。だが、さっきの気味の悪い優しさを見せられるより、何倍もマシだ。


***


「代償はキミの何処かしらの『一部』だよ」


「分かった」


「え? 即答? ちゃんと分かってる? それはキミの『目』かもしれないし、『腕』かもしれないし、『内蔵』かもしれない……『心臓』や『頭』なら最悪死ぬし、八神斗哉のように『命』って場合もあるんだよ? 怖くないの? 自分の願いを叶えるためだって、普通は躊躇(ちゅうちょ)するでしょ? それを他人の願いごとのためになんて……」


「うるさいわね、自分の物差しで人を測らないでよ」


 そう言い捨てると、私は黒猫を睨んだ。不思議とこの超常現象に、頭が馴染んできていた。いつもの自分の心が、自分に戻ってきたと感じていた。


「言いたいことがあるとすれば、どうして死者を蘇らせる、時間を戻すなんて超常現象に対して、『一部』なんて、みみっちい代価で済むのか、道理が分からないってことよ」


「代価は安く済むなら、安いだけいいと思うのが、人間の心理かと思ってたけど、キミ冷静だね、気に入ったよ」


 私はだんだん腹が立ってきた。この猫にもだが、こんなくだらない願いごとをして、勝手に死んで、八神がその後始末を、結果的に私に押し付けてきたことにだ。


 だいたい後悔するなら、はじめから告白ドッキリなんて馬鹿なことを、仕掛けてこなければ良かったのだ。


 陰口を叩いたことまでは百歩譲って、まだ許そう。私だって口には出さないが、心の中では、色んな人の陰口を叩いてる。誰だってそうだろう。八神が告白ドッキリを仕掛けてこなかったら、あの陰口のことは心の奥にしまって、忘れようと思ってたのに。


 でも、八神はそれを実行してきた。私を笑者にするために。それが私にはどうしても許せなかった。

 

「気に入ったんなら、今度は上手くやりなさいよ。失敗したら……許さないわ」


「本当にいいの? 怖くないの?」


 私は黙って頷いた。


 本当は怖い。と言うか、腹だたしい。一ミリだって、八神のために代償なんて支払いたくない。だけど、このまま私の中で八神が永遠になるなんて、もっと許せない――


「じゃあ、いっくよー!」


 黒猫がそう叫ぶと、黒猫の大きく開いた目がカッと光った。あまりの眩しさに、私は思わず目を瞑った。


 その瞬間、八神の憎たらしい姿が、朧げに前方に見えた。それを必死に追いかける。


『死んで逃げる気⁉︎ 卑怯者!』


 私はその八神の幻影に、そう第一声を投げかけた。



つづく

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