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第40話「一・五周目〜鈴の音と喋る猫〜」

 私は夏休みに入り、久しぶりにあの祭りの行われた神社まで来ていた。


 あの日、ここにはもう二度と来ることはないだろうと思っていたのに。あの長い階段を上がり、見晴台の頂上まで登る。疲れはしたが、祭りの日のように足は痛くない。

 

 頂上から見下ろす景色は爽快で、夜の時とは全く違うその姿は、この前と同じ場所と思えなかった。


 私はお堂の陰に入り、しばらく頂上からの景色をじっと眺めていた。


***


 空が赤紫に染まってきた頃、私は静かに頂上を後にした。今日はもう一つしなければと、思っていたことがある。


 神社の敷地を回り込み、裏手に出た。見通しの悪い道路がある。その場所には、いまだ沢山の花や、お供えものがあった。


 八神斗哉が車に轢かれた場所だ。


 私は、既にしおしおになり掛けていた小さな花束をそこに備えて、手を合わせた。


 自分がしたことは今でも間違っていないと思うし、八神斗哉のことは今でも大嫌いだ。それに自分が直接彼を殺したわけではない。


 でも、彼が「死んでほしい」と思っていたことは本当だし、きっと自分はこれからも、彼のことが忘れられないだろう。


 忘れられない……せめてそれが、彼に対する自分ができる贖罪なのだ。もうすぐ日が落ちる――


 ――その時


 耳の奥で、チリンと鈴の音が鳴った気がした。


 その後、背後から猫の鳴き声が聞こえて、私は反射的に振り返る。


 黒猫がちょこんと、道路に座っていた。


(……?)


 猫は顔を可愛らしく毛繕いしている。すると、瞳を開けて、こちらを見据えてきた。


「キミ、可愛いね。ボクが好きだった子に少し似てるよ」


 何と猫が喋ったのだ。


***


 私は何が起きているのか分からず、もしかしたら日中の暑さにやられ、頭がおかしくなったのかもしれないと思った。


 幻覚を見てる……もしくは自分は熱中症で倒れてしまい、これは夢の中なのではと感じていた。


 だって……体が思うように動かない。瞬きすらできない。人は熱中症でこんな簡単に死んでいくのかと、すぐそこに「死」を感じた。


「死んでないけど……夢と思いたいなら、そう思えばいいよ」


(……)


「キミ、『如月心乃香』でしょ?」


 私は自分の名前を言い当てられ、ドキッとした。


(なんで……なんで知ってるの……しかも猫が)


***


「キミ、『八神斗哉』を弔いに来たの?」

「……⁉︎」


 なんで彼を知ってるのと聞きたかったが、声が出ない。というか、今の状態が既になんだか分からない。どうなってる? 自分はどうしてしまったんだろう?


「もしかして、八神斗哉が死んだのは自分のせいとか思ってる?」

「⁉︎」

「『絶対許さない』って言ってたもんね?」

「……なんで……なんで、知ってるの?」

「知ってるよ。だいたいのことは知ってるんだ。ボク神様だから」


 そう言うと、黒猫はニヤッと微笑んだ。



つづく

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