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第19話「祭りの後」

(……)


 どのくらい、そうしていただろうか。オレはお堂の壁にもたれかり、へたり込んでいた。

 気が付けば、とっくに花火は終わっていて、周りにいた人の気配も、いつの間にか消えていた。


 まったく力が入らない。動く気力がない。何でこんなことに、なってしまったのか? 


 聞かれてた……あの日の会話を。如月に告白した時もう彼女は、自分たちの企みを知っていた訳だ。逆に嵌められた。本当に惨めだ。


 この十日間、自分が騙していたと思っていたが、彼女の方が自分を騙していた訳だ。全部……全部芝居だったのだ。


 先程の彼女の捨て台詞が蘇る。


『……何? ショック受けてるの? あんたたちがやろうとしてたことと、同じじゃない?』


(……っ、くっそ!)


 悔しくて、悲しくて、惨めで何かが心の底から溢れて来る。オレは感情がぐちゃぐちゃになり、どうしていいか分からなかった。


 そのままそこで動かず、地面と同化してしまいたかったが、フッと腕時計を見た時、もうすぐ日を(また)ぎそうな時間になっていた。


 その時、オレは「チリン」という鈴の様な音を聞いた気がした。

 そしてなぜだかもう帰らなければという、心待ちになった。


 オレは、ほぼ真っ暗な階段を降りて行った。申し訳程度の街灯でもありがたい。明かりを見るとホッとした。如月に案内されて通って来た表参道への道は、既に閉ざされており、人っ子一人いなかった。


 オレは仕方なく別の道を探した。大分歩き回った気がしたが、実際はそうでもなかったのかもしれない。しばらくすると古びた鳥居の前に出て、長い階段の下に道路が見えた。


 神社の敷地のどの辺りか分からないが、道路にさえ出れば駅まで帰れると思った。


 その階段を降り切ろうとして、オレはギョッとした。


 何かいる――


 近づいて目を凝らす――


 猫だ――


 動かない。よくよく見てみると血溜まりがある。変な方に腕や足がひしゃげてる。頭が潰れてる――


 恐らく車に()かれたのだ。黒猫の死骸だ。


 ヒッとオレは身を引いた。普段の自分なら気持ち悪いと、急いで側を通り過ぎていただろう。絶対関わらないだろう。


 でもその哀れな猫が、なぜだか惨めな今の自分に重なった。


 ――「救われたい」とでも、無意識に思ったのかもしれない。


 少しでも徳を積んで救われたいと、神社というこの場所が、オレをそうさせたのかもしれない――


 その黒猫を抱え上げ、もう一度、オレは長い階段を登り始めた。


 本当なら動物の死骸を、この様に何処かの敷地内に埋めるのは良くないだろう。保健所や市役所に届ける案件だ。そう言った考えが、その時のオレに浮かばなかった。


 ただ、救われたかったのだ――


 オレは鳥居をくぐり、お堂の側に素手で穴を掘り、その猫の死骸を埋めてやった。爪まで土が入り、手は真っ黒になっていたし、着ている服に猫の血が付いてしまっていた。

 

 でもそんなこと、まるで気にならなかった。


 オレはまったく柄にもなく、その盛土の前で手を合わせ、おもむろに来た道を歩き出した。


 再び階段を降り切ろうとした時――


『……チリン』


 またあの鈴の様な音を、聞いた気がした。


「おい、ちょっと待てよ」


 オレはその声に振り向いた。


***


「今にも死にそうな顔してるな?」


 オレは動けなかった。呼吸をするのを忘れそうになった。


「何て顔だよ。しっかりしろよ、お前はまだ生きてるよ」


「……」


「いつまで、呼吸止めてるつもり?」


「……っ! ……ハアハアハア」


 オレは苦しくなり、慌てて肺に息を吸い込む。やばい、本当に呼吸が止まってた。


 いや、呼吸が止まって、実際死んだのかもと思った。そのくらい目の前の光景が、信じられなかった。


 階段の上に、先程の黒猫と思われるものが、ちょこんと鎮座(ちんざ)し、言葉を話しているのだ。



つづく

祭りの後、再び男主人公「八神斗哉」視点でスタートです!


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