91:トーチカに向かうのは?
「シルー……」
沼地の水面から僅かに覗いていたブルーシルリダーの髭と体表が離れていく。
小島の中心近くに伏せて、全身の動きを止めて隠れている俺に気づく事なく。
「ふぅ。ギリギリだったな」
『ブン。ギリギリでしたね』
そして、十分にブルーシルリダーが離れ、沼地の中に完全に姿が見えなくなったところで俺は立ち上がって、思わず腕で額をぬぐってしまった。
「沼に沈んでいる通路を駆けている時に青い体表が見えた時は本当にどうしようかと思った」
『あれは本当に危なかったですね。タイミング次第では進行方向を塞がれていた可能性もありましたし』
グリーンシルリダーを倒した後。
俺は次のブルーシルリダーが現れる前にとの思いから、可能な限り急いで陸地へと向かった。
が、元々居たのが近づいてきていたのか、あるいは何処かでポップしたのか、陸地まであと少しと言うところでブルーシルリダーの姿が見え始めたのだ。
あの時は本当に焦った。
通路に居る時に丸呑み攻撃を使われたらどうなるかなんて考えるまでもないからな。
まあ、今こうしていることから分かるように、ギリギリで隠れるのが間に合い、こちらを見失ったブルーシルリダーは沼の中に帰ってくれたのだが。
「とりあえずこのフロアではもう可能な限り沼地に入らないようにしよう」
『ブン。そうですね。ただ、沼地とトーチカと比べると……』
「まあ、その時は沼地を選ぶ。何せトーチカは……見えていないだけで居るよな。ブルーシルリダーもブルーレイヴンも」
『ブン。居ると考えてよいでしょう』
さて、此処からどうするか。
とりあえず今居る部屋には何もないので、次の部屋に向かうのは確定。
トーチカには絶対に向かわないのも確定。
トーチカと言う魔物が密集している環境で、ブルーシルリダーが丸呑み攻撃を行ったらどうなるかなんて考えるまでもないからだ。
ましてやこのフロアには個の戦闘能力は劣るが、数は多いゴブリンも居る。
ゴブリンの群れがブルーシルリダーに飲まれたら……黄色、では済まないな、どの程度刻むか、上限が何処かは分からないが、橙や赤、あるいは黒なんかまでは覚悟しておいた方がよく、そんなのと現状で戦うのは絶対にごめんである。
「ところでティガ。ブルーシルリダーが倒したブルーレイヴンが何もドロップしなかったのは仕様通りでいいんだよな」
『ブン。仕様通りです。バーサスやカオスで他プレイヤーが倒した魔物から得られるものがないのと同じですね』
「なるほど」
『それと、シルリダー種の丸呑み攻撃については後で報告を上げましょう。貴重な情報です』
「分かった」
俺は通路を移動していく。
勿論、沼に足を付けず、木製の遊歩道の上を歩いていく形だ。
「「「ガアアッ!」」」
「しかしアレだな。特殊な攻撃によって自分をランクアップさせる魔物が居るなら、敢えて味方に倒されることによって、味方をランクアップさせる魔物が居てもおかしくなさそうだな」
『ブーン……可能性、と言う意味では否定できませんね。ティガもトビィも、いえ、プレイヤーの中には一人として全ての魔物を把握しているものは居ないでしょうから』
そうして歩いていると三体のブルーレイヴンが襲い掛かってくる。
が、狭い通路の上での戦いとは言え、もう三回目だ。
攻撃を避け、左腕で落とすか拘束して、右手で殴る。
これの繰り返しでもって、安定かつ素早く処理できた。
≪生物系マテリアル:骨・侵食を1個回収しました≫
≪生物系マテリアル:肉・侵食を1個回収しました≫
≪設計図:特殊弾『酸弾』を回収しました≫
「この部屋は……」
うーん、多少の燃料と集中力の消費はあるが、一時強化の積み重ねを考えると、自分から俺を見つけてくれて、しかも狩りやすいブルーレイヴンはむしろ美味しい相手なのかもな。
部屋に突入する前に狩っておけば、部屋の中に魔物が居て戦闘になっても、その戦闘中に次のブルーレイヴンが横槍を入れてくるような事はないだろうし。
エレベーターの位置次第では、次のフロアに備えて少し待機して狩っておくのも選択肢の一つとして考えておこう。
『ブン。緋炭石、鉄のマテリアルタワーですね』
「だな。砕いていくか」
≪特定物質:緋炭石を112個回収しました≫
≪鉱石系マテリアル:鉄・侵食を38個回収しました≫
えーと、鉄・火炎と鉄・侵食を併せれば、70個を超えるのか。
となれば、鉄・侵食だけでシャープネイルを再作成しても、全身を鉄・火炎と鉄・侵食の併せで作ることが可能になる。
鉄・火炎と鉄・侵食を併せてパーツを作れば、属性を得られない代わりにどの属性の鉄でも修理が可能。
うん、やはりだが、武装は属性付きのが何かと便利だが、体については属性無しにした方がいいな。
実際に作れるのはフロア3.5の現地ラボだろうし、その時までにもう少し鉄が増えているかもしれないが、覚えておこう。
「さて次の部屋は……ブルーゴブリンとブルーオークが居るな」
『ブン。そうですね』
「「「ヂュッヂュッ……」」」
「ブヒッ」
マテリアルタワーを回収した俺は移動を再開。
次の部屋には三体のブルーゴブリンと一体のブルーオークが居るようだった。
武装はブルーゴブリンたちが青銅製と思しき拳銃を一体につき一丁、デザインが異なるものを持ち、ブルーオークは真鍮製の巨大な盾と斧槍を持っている。
既に相手は俺に気づいており、部屋の中心近くで陣形を組んでいる。
通路の入り口近くにまで来てくれていれば、沼地へ投げ落として始末出来ていたのだが……そう甘くはないか。
「行くぞ。ティガ」
『ブン』
俺はグレネードホルダーからグレネードを取り出し、投げながら、部屋の中へと突入した。