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89:ブルーシルリダー

「分かってはいたが、やはり進みづらいな」

『ブン。沼ですからね』

 俺は沼の水面下に沈んでいる通路を歩き、そのまま外縁に葦が生えている部屋に入る。

 で、此処まで進んだだけでも分かる事だが、やはり沼地は歩きづらい。

 足の裏で感じる泥は滑りやすさと同時にまとわりつきを感じるし、水中で足を動かすという行為にも大きな抵抗を感じた。

 で、それだけならばまだしも、足の裏で感じ取る限りでは沼の中には木や岩が沈んでいるようで、それらによる凹凸と接地感触によって、歩きづらさは大きく増している。

 おまけに沼なので、それらが見える事はないのだ。

 こうなると水中から飛び出すような行為は難しいし、水中から飛び出せないのでは軽快な立ち回りも厳しい。


「頼むから、敵は来ないでくれよ……」

 正直なところ、この環境で戦いたいとは思えないな。

 襲われるとなればブルーレイヴンだが、仮にこの場で戦うとなったら、陸地で戦うのとは比べ物にならないような苦戦を強いられることになりそうだ。


「ところでティガ」

『ブーン?』

「仮にこの沼地の下に次のフロアに進むエレベーターがあった場合、目視でエレベーターを認識する事が出来ないよな。どうやって探せばいいんだ?」

『ブーン。その場合ならば、沼の上からでも見えるような何かはあると思います。ですが、ティガのデータベースにはその何かは載っていませんね』

「なるほど」

 後、一つ気になったのでティガに質問をしてみた。

 ただ答えは……芳しくないな。

 沼の下にエレベーターがあった場合の目印が分からないというのは怖い話だ。

 現状だとない事を祈った方がいいな。

 それでもトーチカにあるよりはマシだろうが。


「とりあえず急ぐか。遠くに青い点が見え始めてる」

『ブン。そうですね。急いだほうが良いと思います』

 と、ここで遠くの方の空に青い点が見え始めた。

 どうやらブルーレイヴンがポップするか、これまで地上に居たのが飛び始めて俺に気づいたようだ。

 そう遠くない内に俺の傍まで来て、襲い掛かってくる事だろう。


「もう少しで通路……」

 俺は歩みを速める。

 部屋の中を通り過ぎ、通路へと入ろうとする。


「っ!?」

 そこで俺は感じ取った。

 沼の中にある俺の足は、俺のものではない水の動きを、部屋の外からこちらに向かってくる何かを感じ取ったのだ。

 故に俺は咄嗟に後方へ向かって跳ぶ。

 と同時に俺の目の前の沼が盛り上がり始めるのを見た。

 何かが……沼を泳ぐ魔物が俺へと迫ってきていた。


「シルウウゥゥン!」

「ナマズ!?」

 それは巨大なナマズだった。

 口元から髭を生やし、見た目からしてぬめりのある青い体表を持つ、こちらを丸呑みに出来そうな大きさのナマズだった。

 それが大きな口を開き、魔物らしい鋭い牙を生やし、こちらに迫ってきていた。


『ブン。ブルーシルリダーですね』

「シル……うおうっ!?」

「リダアァ!」

 このまま後退したら食われる。

 そう判断した俺はそれを見て咄嗟に横へ跳ぶ。

 と同時に、ブルーシルリダーと言う名前の巨大ナマズが俺が居た場所を通り過ぎ、牙と牙を噛み合わせて鳴らしつつ口を閉じ、部屋の中を滑っていく。


「気づかれたのはブルーシルリダーが水棲の魔物だから。だろうな」

『ブン。そうでしょうね。今のトビィは露天マップで水場に居ますから』

「シ、シ、シ、ナマ……」

 俺は改めてブルーシルリダーを持つ。

 見た目については、サイズと牙を除けば、ナマズそのものだ。

 だがとにかく大きい。

 体勢次第ではあるだろうが、こちらを丸呑みにすることは不可能ではないだろう。

 丸呑みされれば……最悪即死まであり得るだろう。

 そして、周囲に他の魔物の姿が見える事を考えると、フロア1のパンプキンと同じで、数が少ない分だけスペックが高い魔物と考えていいだろう。


「「「ガアッ!」」」

「げっ……」

『トビィ! ブルーレイヴンです!』

 と、ここで三体のブルーレイヴンが到着してしまった。


「「「ガガガアッ!」」」

「シルウウゥゥン!」

「……」

 当然ながらブルーレイヴンたちは即座に俺へと襲い掛かってくる。

 ブルーシルリダーもブルーレイヴンたちに合わせるように口を広げて突っ込んでくる。

 どうする?

 ドローンホーネットを囮あるいは牽制として出すか。

 ただ単純に逃げるか。

 シンプルに迎撃するか。

 特殊弾『煙幕発生』による目くらましを張るか。

 デイムビーボディの針を利用して、一気に跳ぶか。

 グレネードを投じて敵を攻撃するか。

 特殊弾『睡眠』によって相手の数をとりあえず減らすか。

 幾つもの手法が俺の脳内を駆け巡ると共に、俺は反射的に動き出してもいた。


「ふんっ!」

「ガアッ!」

「ガガアッ!」 

「ガアガガアッ!」

 一体目のブルーレイヴンの嘴による攻撃はギリギリで避けた。

 二体目のブルーレイヴンの爪は右のナックルダスターで迎撃し、痛み分けにした。

 三体目のブルーレイヴンがばらまいた酸は甘んじて受け、シールドによって耐えることにした。


「うおらあっ!」

「ギャブッ!?」

 そして左腕を伸ばしながら振り下ろす。

 左腕は二体目のブルーレイヴンに直撃し、二体目のブルーレイヴンは俺の目の前の沼に落ちた。


「リダアアッ!」

「此処だあっ!」

「ガアアッ……!?」

 直後、俺へと向かってきたブルーシルリダーがこの場に到着。

 俺は横へ跳び、転がり、浴びせられた酸を洗い流しつつ、ブルーシルリダーによる丸呑みを回避し、沼に落ちていたブルーレイヴンは飛び立つ暇がなかったために飲み込まれた。

 よし、これで一時的にではあっても、敵の数が減った。

 俺がそう思った時だった。


「シルリダアァッ!」

≪ブルーシルリダーがグリーンシルリダーにランクアップしました≫

「ええっ……」

『ブ、ブーン……』

 ブルーシルリダーの体が一瞬光に包まれ、おどろおどろしいファンファーレと共に体表が緑色に変化。

 一回り大きくなった巨大ナマズが俺の前に現れる。

 どうやら俺は……やらかしてしまったらしい。

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