87:露天の沼地
「はぁ……。いつか来るとは思っていたが、このタイミングで来るか」
フロア2に移動し始めた俺は、坑道の構造が目に入ってきた瞬間に思わず嘆息してしまった。
だがそれも仕方がない事だろう。
エレベーターに乗り、降下していく俺の視界に入ってきたのは、広大な沼地、点在する小島、それらを繋ぐ木製の遊歩道と言う、おおよそ坑道と言う言葉からは想像できないような構造だったのだから。
「ティガ」
『ブン。坑道構造の名称としては沼地になります。見ての通りに露天構造です。属性も有していて、侵食属性になりますね』
「侵食属性の沼地か……字面だけでも嫌な予感しかしないな……」
どうやら今回の第三坑道・アルメコウのフロア2は沼地構造であるらしい。
侵食属性と言うのはよく分からないが、何となく毒とか呪いのような嫌らしい気配を感じるな。
となれば、トラップの類もそちら方向に傾いている可能性が高そうであるし、警戒はしておくとしよう。
で、沼地の構造としては……よく見たら嫌らしさの塊しかないな。
「一応確認するが、沼地は即死エリアと考えていいよな?」
『ブン。底なし沼の部分についてはその通りです。ただ、遠くの方を見ると遊歩道が沈んでいる部分もあるので、足を踏み入れることが可能な沼もあるかもしれません』
俺が今居る小島部分についてはそこまで問題はない。
草丈は足首ぐらいまで、広さは他の坑道構造の部屋と同じくらい、壁は存在していないが、島の外周の中で遊歩道……通路に繋がっていない場所には目印として俺の身長と同じくらいの長さの葦が生えている。
足場としても非常にしっかりしているので、戦闘も問題無く出来るだろう。
通路については木製の遊歩道になっているが、こちらもまた、他の坑道構造の通路と同じくらいの幅があるし、しっかりとしてもいる。
なので、通路での戦闘も可能だろう。
問題は部屋でも通路でもない部分。
普通の坑道構造なら壁あるいはその先の、足を踏み入れる事が出来ないエリア。
この沼地構造ではその部分は茶色の沼地になっており、底どころか水面下の状況は一寸すらも見通せないようになっている。
ゴーレムの仕様上、底なし沼に足を踏み入れれば即死であるし、ティガの言葉からして底なし沼が大半を占めていることも間違いないだろう。
であれば足を踏み入れなければいいだけの話……と、いかないのが、この沼地構造の嫌らしさだ。
「だろうなぁ……なんか遠くをよく見てみれば、周りより小高い島があるし、逆に部屋の外周を示す葦が沼から直接生えているような場所もあるもんなぁ……」
『ブン。確かにありますね』
そう、フロア2になって、上下の高低差が生じるようになってしまっている。
その高低差によって、上は沼地から1メートル以上上に島の平面部分がある小島があるし、逆に沼の下に完全に沈んでしまっている小島もあるのだ。
で、上はともかく下は一寸先すら見えない沼なので……色々とヤバい可能性がある。
もしも沼に沈んでいる小島にエレベーターがあったら? もしも小島の構造がドーナツ形に近いものだったら? もしも沼地で戦闘になったら?
うん、想像でしかないが、起きては欲しくない想像ばかりだ。
「で、今更だが、遠くの方まで見えているのは露天構造だからでいいんだよな?」
『ブン。それで問題はありません』
幸いなのは、壁がない露天構造であるおかげで、俺が今居る位置からでも他の部屋の中がどうなっているかがある程度分かる点か。
マテリアルタワーが立っている部屋は見えているし、レコードボックスが置かれている部屋も見えている。
勿論、魔物の姿も見えていて、装備の詳細は分からないが、ゴブリンとオークらしき姿が既に確認できている。
「……」
『気づかれましたか。トビィ』
「情報過多すぎないか? このフロア」
『ブン。そうですね。ただあれは偶然の産物ですよ』
なお、そうして他の部屋を初期地点から見ていたのだが、恐ろしい小島が一つあった。
その小島は小島を囲うようにコンクリートの壁……それも銃眼と屋根付きのものが建てられていた。
壁の間から見えた中にはゴブリンとオークが複数体居て、周囲を警戒している様子が見て取れた。
小島の中心には、他のマテリアルタワーよりも一回り以上大きいマテリアルタワーが複数本立っているのが見えた。
「ティガ、説明」
『ブン。呼び方については様々です。
「……。所謂、モンスターハウスって奴か。モンスターハウスよりも数段厄介みたいだが」
『ブン。そう呼ぶプレイヤーも居ますね』
うん、今の装備で挑むのは明らかに自殺行為だろう。
部屋の中に立ち入る事すら出来ずにハチの巣にされる予感しかしない。
あのマテリアルタワーのサイズからして攻略できれば美味しいのは否定しないが、流石に割に合わないだろう。
『ところでトビィ』
「なんだ? まだ何かあるのか? いや有るんだろうな、本当に情報過多すぎるだろ……」
『ブブ。ですが重要な情報なので、急いで伝えさせていただきます』
まだ何かあるらしい。
眠くはならないが、別の意味で頭が痛くなってくるな。
『トビィ。露天構造では一部の魔物の行動に変化が見られることが知られています』
「……。具体的には?」
あ、うん、もう嫌な予感がしてきた。
という訳で俺は周囲の警戒を開始すると共に、何時何が起きてもいいように身構える。
『飛行能力を有する魔物がフロア中を一つの部屋と認識する他、水場の魔物もフロア中の水中を一つの部屋と認識するようです』
「そうか。つまりあの青い点は……」
そして見つけた。
遠くの方の島から飛び立った三つの青い点がこちらに向かって飛んできているのを。
『ブン。敵ですね。トビィ。名称はブルーレイヴンです』
「「「ガアッ!」」」
「本当に情報過多だな。このフロアは」
それは青い羽に包まれた中型の鳥。
それの嘴と脚の爪は侵食属性の影響なのか、黒い靄に包まれている。
そして、それはカラスと言う道具を扱える賢い鳥であることを示すように、脚に筒のようなものを付けている。
それ……三体のブルーレイヴンは俺の姿をはっきりと捉えると、こちらに向かって突っ込んできた。
開発「鉱石が掘れる事には変わらないので坑道です」
03/29誤字訂正