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75:情報の為ならば ※

今回はトビィ視点ではなく、ハンネの周囲となっています。

「デイトレさん。例の紙のオリジナル、入手出来たわよ。実に良心的な値段でね」

「ハンネ様ですか。第一次計画の計画書。でしたな」

「ええそうよ」

 各種交換会が終わった後。

 ハンネは検証班のデイトレと個室で話をしていた。


「で、検証班と言うか、政府はこれを買い取ってくれるのよね? トビィの検査で、コピーでは駄目な可能性が出てきたから」

「ええ、買い取りましょう。やれやれ、まさか書面をただ見ただけでは意味がないとは……」

 実はトビィたちが行っていた交換会では傍聴行為が行われていた。

 検証班の一員であるハンネがライブ配信によって内部の情報を外部へと流していた。

 そして、その光景を複数人の検証班が別室で見ていたのである。


「それもあくまでも可能性の話よ。トビィのアレはトビィだからこその技術ではあるけれど、本人も理論的にやっているわけではなく、感覚的な部分が大半のはずよ」

「でしょうな。アレは職人芸の一種でしょう」

 ただ、その事を批判する事は誰も出来ないだろう。

 あの場は検証班が準備したものであり、やり取りされた諸々を外部に漏らしてはいけないという取り決めもなかった。

 そもそも、検証班と言うのは、一部のプレイヤーから得た情報を基に検証を進め、検証して得た情報を一般プレイヤーに向けて開示すると言う目的を持って動いている、複数の組織からなる共同体である。

 交換会で出た話が外に漏れるのは当然のことと言えた。


「それでどういうつもりですかな? ハンネ様」

「どういう事とは何の事かしら?」

 デイトレがハンネから紙を受け取り、ハンネは代わりに十分な量のSCを受け取る。

 そして、話題が変わった。


「個人情報を流出させたことです。運営……いえ、政府でもない、開発でももちろんない、他から漏れたにしてはタイミングと対象がピンポイント過ぎる。明らかにトビィのメッセージアドレスは貴方が漏らしたものでしょう」

「ああその事。でも、どうかしら? 私とは限らないわよ」

 会話内容はトビィのアドレスをハンネが漏らしたという疑惑について。

 証拠はない。

 デイトレは自身のリアルでの伝手も使って出所を探ったが、出所はつかめなかった。

 が、状況から見て、漏らしたのは目の前の女性であると確信してもいた。


「と、失礼……」

「メッセージですか」

 ハンネがメッセージを受け取り、その場で開く。

 差出人はトビィ。

 内容は……アドレス流出の件について。


「ああうん、デイトレさん。白状するわ。そうよ、アドレス流出は私の仕業。でも大丈夫。今本人から、俺以外に対してこんなことをしたら殴り飛ばすというメッセージが来たから」

「……。それは許諾ではなく、次は無いという警告でしょう。ハンネ様」

「いいえ、許諾よ。今回は許すという意味だもの。ふふっ。本当にトビィは優しいわね」

 一般的に見ればデイトレの見方が正しい。

 だがハンネはそうとは見ない。

 見れなかった。

 その理由は単純だ。


「ハンネ。貴様の目的はなんだ。貴方は我々の隠し事が広まることが、国民全体にとって不利益であることまで理解しているはずだ。それを知っていてなお、友人へトラブルを招く振る舞いをしてまで知ろうとする」

「私の目的? そんなの知ることに決まっているじゃない。ふふっ、快感よね。人の隠し事を暴き立てるというのは」

 ハンネもまた社会不適合者であるからだ。

 トビィが何かを殴らずにはいられないように、ハンネもまた自分の知らない事柄、隠されている何かを探らずにはいられない、探った結果として自分や周囲に不幸が降りかかる事が予想出来ようとも手を止められない。

 そういう異常な精神性を有しているのだ。


「……。検証班に追放と言う措置が存在しないことが残念で他ならないな。貴様は異常者だ。狂ってる」

「知っているわ。だから私はトビィの味方で居られるし、トビィのために殴ってもいい相手を提供できるの。ふふふっ、私がトラブルを持ち込んで、トビィが殴ってそれを解消する素敵な関係性だと思わないかしら?」

「貴様が彼女を利用している、の間違いだろう」

「理解してもらえなくて残念。でも人間なんて、常に誰かを利用しているもの。批判されるのは、それを無償でやらせているからじゃないかしら」

 正常な歯車と異常な歯車が噛み合う事はない。

 故に、二人の会話が噛み合わないことも当然と言えるだろう。


「まあ、この辺の話はこれぐらいにしておきましょう。噛み合わないのは私がおかしいからだと私自身分かっているもの」

「そうだな。そうしよう」

 そして、手に負えないことにハンネも自分が異常であると理解している。

 理解した上で、極一部の人間にだけ自身の異常性を明かし、未知を暴き立てるのだ。


「と、言いたいところだが、ハンネ。貴様がそういう人間なら、こちらにも考えがある」

「あら何かしら?」

「政府が所有している情報の一部を貴様に開示してやる。代わりに『Fluoride(フロライド) A』を今後は全力でサポートし、『キャンディデート』が得た情報をこちらに渡せ。貴様はそれで満足なのだろう?」

「ふふっ、ええ、とっても」

 ハンネの脳裏にはこの会話だけでも幾つもの推測が浮かび、消え、悦楽が生じる。

 自分がどれだけ恵まれた立場に居るかを理解したからだ。


「喜んで情報を提供させてもらうわ。『キャンディデート』が最低でも三人居ることになりそうなグループなら、相応の情報を得られそうだものね」

「……」

 そうして満足したハンネは笑みを浮かべる。

 その笑みはハンネのサポートAIであるヘールが普段浮かべているものによく似ており、彼女の人間性をよく表していると言えた。


「アドレス。渡した方がいいかしら?」

「いいや、リアルで渡しに行く。その場で処分できるようにした資料をな」

「そう、楽しみに待っているわね」

 こうしてハンネは自分の目的を達した。

 だがハンネは同時にこうも思っていた。


 政府の隠し事を一足早く手に入れたが、この隠し事は遠からず、政府が望まない形で一般に公開されるのだろうな、と。


 そして、その思考の一部は翌日には現実のものとなった。

トビィ:俺が殴れる相手を増やす為なら俺の情報流出は許す。(意訳)

ハンネ:トビィのメアド流出で新しい情報が手に入ってホクホク。トビィのサンドバッグも増えた。win-winね。


酷い友人関係のように見えますが、本人たち視点では本当にwin-winです。

殴り魔の友人がマトモなはずないのですよ。ええ。

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