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71:Fluoride A

「はぁ……順に説明させていただきますわ。名乗りの時に申し上げた通り、私様は普段『Fluoride(フロライド) A』と言うチャンネルでゲームの実況配信をさせていただいていますわ。今は配信ではなく録画になっていますわ」

「そう言ってたな」

 フッセはゲームの実況者。

 これは確かに名乗っていたな。


「ただ私様、実を言えば、リアルがそれなりに立場のある人間なのですわ。ですから、問題のある言動がないかなどを確認するために、録画している映像をリアルタイムでモニターしている使用人が居ますの。つまり今もこの場をリアルから見ている人間が居ますわ」

「……。使用人。効率的で羨ましい」

 使用人……という事は、AIではなく生身の人間が付いているという事か?

 だとしたら、フッセは本物のお嬢様……いや、元からお嬢様だったな。

 此処はリアルもゲームもお嬢様、生粋のお嬢様と呼ぶべきか。

 なお、使用人がこの場を見ている件については割とどうでもいい。

 要するに昔のオンラインゲームで言うなら、家族で一つのモニターを眺めているようなものでしかなく、フッセの普段の言動に影響が及んだところで、俺にまで影響が及ぶわけじゃないからだ。


「となると、その使用人が何か言ったのかしら?」

「だったらまだよかったのですけれど……今回、本来ならば使用人が使う回線を利用して外から私様に呼びかけたのは私様のお父様なのですわ」

「お父様なぁ……まあ、何者なのかまでは聞かへんでおくわ」

「ええ、そこは聞かないで下さいませ。ただ、私様の立場上、業務命令として指示を出されたら、相応の動きをしないといけない、今回の要請は異常な事である、と言うのは理解してほしいですわ」

 フッセの父親なぁ……。

 フッセの家族構成は分からないが、まあ、いいところの家を取り仕切っている人物だとは思っていいだろう。

 少なくとも、こうしてフッセに口を出せる影響力程度はあるようだ。

 とは言え、フッセの態度からして、異常事態であることもまた確かなようだが。


「さて、肝心のお父様からの命令ですが、この場に居る四人を『Fluoride(フロライド) A』のメンバーとして誘うようにとの事です。特に『キャンディデート』の称号を得たトビィに対しては強く、だそうですわ」

「「「……」」」

「はっきり言って、失礼極まりない申し出です。全員断って構いませんわよ。それでお父様が私様に対して何かを言ってくるなら、全面戦争も辞さないだけですので」

 ああうん、素人である俺にも分かるレベルで異常事態だ。

 ほぼ面識のない俺たち四人を、フッセのために用意されたであろう配信チャンネルへと唐突に招くとか、頭に何かが湧いていると言われても仕方がないレベルでおかしな話だ。

 人様の父親の頭がおかしいなんて言う訳にはいかないので黙るが。


「ブーン。そういう事ならばトビィ」

「なんだ? ティガ」

「トビィのリアルの方へ多数のメッセージが届いています」

「「「……」」」

 そして、このタイミングでティガが俺宛てのメッセージが大量に届いているという通達か。

 もう全員、嫌な予感しか覚えていないので、揃って黙っている。


「はぁ、フッセ。返答は少し待ってくれ」

「分かりましたわ」

 ああうん、こうなればいっその事、全員に見える形でメッセージの受信欄を開くか。

 と言う訳で、ゲーム内のツールを利用して、リアルの俺宛てメッセージの一覧を出す。

 出して……


「うわぁ……」

「へぇ、これは想像以上ね。トビィのアドレスなんて限られた人しか知らないはずなのに」

「そうですの。恥知らずがこんなに多いとは思いませんでしたわね」

「……。正気を疑う」

「こらまたぎょうさんやなぁ……」

 山のようなメッセージが俺の目の前で実体化した。


「えーと、中身は……タイトルを見る限り、どれも『キャンディデート』の称号を得た俺へのスカウトだな。面倒臭いから、ハンネたちも開けるの手伝ってくれ。この状態なら出来るらしいから」

「分かったわ。えーと、インジーゲームズ……タングススティック……英雄譚吟遊団……この辺はプロゲーマーチームね」

「む……ネオンライターが居ますの。まあ、此処は私様と同格だからいいとして、プラチナムス、オキシジェンホビィ、High&High、大手のゲーム実況配信グループも居ますわね」

「……。シルバーバック、河童賛美会、アイアンボーン。検証系もかなりある」

「こら凄いなぁ……。有御工業、黒霧技研、Pu-239、ゲーム関係ない会社からも何故か来とるで」

 俺が知っているものから知らないものまで。

 ゲームに関係している企業から関係していない企業まで。

 本当に多くの場所からメッセージは来ているようだ。

 しかも、そのどれもが『キャンディデート』の称号を得た俺への名指しスカウトであり、使い回しではなくわざわざ執筆した形跡がある。

 正直なところ、背筋が冷たくなってきたぞ、俺は。


「ティガ」

「ブーン。恐らくは何処かからか、トビィが『キャンディデート』の称号を得たプレイヤーでありながらも、特に何処かの団体に所属しているわけではない、という情報が漏れたものと思われます。ですが、運営は関わっていませんよ」

「そうか。だが後始末には協力してほしい。これはもう俺個人の手に負える奴じゃない。こんなのメッセージに返信するのも無理だ」

「ブン。協力させていただきます」

 よし、これでどう話を転がらせても、俺の身の安全は図られるだろう。

 それと同時にだ。

 ウチの国の政府はこれらの企業よりも俺個人を優先するらしい。

 それは手間や道理の問題もあるかもしれないが、それだけ俺に……いや、『キャンディデート』に何かがあるとも言えるだろう。


「フッセ。お前の『Fluoride(フロライド) A』はこれらの相手が圧力をかけて来た時に耐えられるか?」

「『Fluoride(フロライド) A』単体では無理ですわね。半分以上趣味のチャンネルで、実況者の私と編集や配信の手伝いを手が空いている時にやってくれる使用人たちだけで回しているのが、こちらの実情ですもの。けれど、お父様の会社の力も借りれば、乗り切れると思いますわ」

 俺はフッセに話しかけつつ、ハンネに視線だけ向ける。

 ハンネは笑顔のままだが……今ここで笑顔という事は、そういう事だろうな。

 後で釘を刺しておこう。


「そうか。先に言っておくが、俺はかなりの社会不適合者だ。相当の迷惑は間違いなくかけるし、その時になってから言い訳をして、こっちに責任を押し付けられても困る。と言うか、俺は契約をしても好き放題暴れるだけだぞ」

「お父様が求めたのですから、その辺りの問題はお父様に全部押し付けますわ。ですので、私様の心配は無用です。詳しい契約内容は……ああ、書面で今届きましたわね。ハンネたちの分もありますわ」

「あ、ウチらも雇い入れるの本気やったんや」

「……」

「へー、へー、流石ねー」

 書面は……問題なしだな。

 ただ、敢えて全てを語っていないと言うか、隠し事があると言っているような文面になっている。

 しかし、誠意がないわけじゃないな。

 どちらかと言えば、俺が知ってしまうと、それだけで不利になるような事柄を敢えて隠している感じだ。

 そして、その隠し事こそが、『キャンディデート』である俺を求めている理由なのだろう。

 本当にきな臭いな、このゲームは。


「で、本当に断って構いませんのよ? 私様たちも、このメッセージの主たちも相当失礼なのは間違いありませんもの」

「失礼なのは否定しないが、フッセのところはだいぶマシだろ。偶然であっても、ちゃんと顔を突き合わせて交渉しているし、守る相手も……まあ、これはいいか」

 さて、これなら選ぶところは一択だな。

 ハンネたちも既に決断しているようだ。


「じゃ、俺が何処に所属するか決めたのを示す意味でも、配信よろしくな」

「そうですわね。お父様からも指示が出ていますし、そうしましょうか」

「ふふふ、面白くなってきたわね」

「……。プレイに影響が出ないなら僕は問題ない」

「はぁ、なんかエラい事に巻き込まれてしまったわぁ……まあ、活用させてもらうけどなー」

 そうして、ある意味では流されるようにして俺たちの『Fluoride(フロライド) A』への所属が決まると同時に、それを示す配信が行われる事となった。

 だがまあ、何も問題はないだろう。

 契約通りなら『Fluoride(フロライド) A』は俺たちに干渉らしい干渉をすることはない。

 俺たちに求められているのは、スコ82のプレイ光景を配信で垂れ流す事だけであり、視聴者を増やす努力どころか、視聴者からのメッセージに応える義務すらないのだから。


「では、配信開始しますわ」

 なお、グループになって最初の配信は、俺たちが自己紹介をするだけであり、視聴者数は微々たるものだった。

 まあ当然だし、それで構わないのだが。

03/28誤字訂正

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