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67:ハンネの報告書

「ハンネ」

「何かしらトビィ?」

 さて、ハンネが出した資料は、第二坑道・ケンカラシをマルチモード、検証班四人、と言う条件の下で探索し、フロア4で牛人間(ミノタウロス)によって倒されるまでを示したものである。

 俺がまだやった事のないマルチでの坑道探索を記したものなので、貴重な資料なのだが……だからこそ聞いておきたいところがある。


「お前の実力はだいたい想像がつくが、この資料にある他の三人の実力はどのくらいなんだ?」

「主観と客観が混ざる評価になるけど、私含めて四人とも同じくらいの実力ね。装備を整えればヴァイオレットキーパー・レンウハクのソロ討伐は可能」

「プレイヤー全体ではどれぐらいですの? それと検証班の中ではどれぐらいかもお願いしますわ」

「プレイヤー全体で言えば、上位30%ぐらいに入っていそうではあるわね。検証班の中だと、純粋な検証班の中ではこれでも上の方。検証班全体ならやっぱり上位30%と言うところじゃないかしら」

 俺の質問にフッセも混ざってきた。

 どうやら、この資料内容の妥当性を判断する上で、俺もフッセも気になることは同じだったらしい。

 そして、ハンネの純粋な検証班と言う言葉に、この場に居る全員が何かを察したような表情をする。

 まあ、これだけきな臭いゲームなのだから、そういう連中も当然居るというか、むしろ居ない方が困る案件だしなぁ。


「……。質問。検証班の指揮系統は大丈夫?」

「何をもって大丈夫とするかは難しいところだけど……」

 が、そう言うのが居るからこそ怖い面もある。

 という訳で、ネルが追加の質問。


「現状の検証班では善意あるいは対価を支払っての協力は許されているけれど、命令や強要は断固として拒否すると言うルールになっているわ。だから、純粋な検証班は各々自分の調べたいことを優先して調べているわね」

「……。それで正解だと思う。成果が見込める事だけ調べるのは、先々まで見据えるなら非効率の極み」

「ですわね。特に今は基礎研究の時期ですもの。余計な口出しは誰だって嫌ですわ」

「検証班の性質上、今後も横……いや、後ろからの口出しは勘弁やろうしなぁ」

「ま、後ろが自分の手駒を使って自分の知りたい事を率先して調べ、後ろが居ない他が自分の知りたいことを調べ、調べた情報は共有される。っていう状態なら、検証班としては健全だろうな」

 どうやら検証班を立ち上げた誰かは、その辺については抜かりがなかったようだ。

 既に後ろ……政府が無粋な横槍を入れられないようにしている。

 まあ、検証班なら、無粋でない横槍はむしろ歓迎しそうな気配があるが。


「では、検証班に問題がない事を確認した上で改めて質問ですが、フレンドリーファイヤはありますのね」

「ええ、F(フレンドリー)F(ファイヤ)はあるわ。仲間だからとダメージ倍率を下げるような措置も無し。近距離、遠距離の区別も無し。当たり所次第では即死もあり得るという事で、かなり気は使ったわね」

 マルチの注意事項その一はフレンドリーファイヤについて。

 フレンドリーファイヤ……要するに仲間への攻撃が有効か否かの話だが、資料を見る限り魔物へ攻撃するのと同じレベルで入ってしまうらしい。

 剣と盾を使って前で戦っているハンネが仲間の誤射で一発受けて、修理にマテリアルを使っている描写が資料にあった。

 なお、追記としてフレンドリーファイヤに対するペナルティの有無が調べられているのだが、ペナルティの類は一切ないらしい。


「……。マルチで組んでも通話が出来るわけじゃないから、口無し頭部は厳しい?」

「厳しいと思うわ。意思の疎通に不具合が生じる」

 マルチの注意事項その二は他プレイヤーとのやり取り。

 どこかに無線機として使える武装やアドオンがあるのかもしれないが、現状ではゴーレムの口で話すしかなく、ビギナーヘッドのような口無しの頭部では支障があるようだ。

 また、他人のサポートAIの言葉は聞こえないので、そこも注意は必要だろう。


「やっぱりマルチやと役割分担があるわけやけど、ウチみたいな足手まといに近いのが居ても大丈夫なんか? 魔物の体力上昇とかあったりせえへん?」

「調べた限り、マルチでも魔物の体力などに変化はないわね。だから守られる側の心得を守ってもらえれば、マルチで非戦闘要員1の戦闘要員3と言う構成も可能だと思うわ」

「それは良かったわぁ」

 これはマルチのメリットだな。

 魔物のスペックに変化がないから、守られる側が最低限の自衛をしつつ、魔物との戦闘中に妙な行動をとらないをしてくれれば、他三人で護衛するというのが成立するようだ。

 ただ……。


「で、ライムと戦った感想は?」

「化け物としか言いようがないわね。あれ、最低でも真鍮か鉄くらいは必要なんじゃないかしら」

 マルチの注意事項その三は魔物のレベルアップ。

 そう、これがマルチ最大のデメリットだ。

 ハンネが出した資料にはフロア4でヴァイオレットミノタウロスに遭遇したとあった。

 そのヴァイオレットミノタウロスとの戦闘中に、立ち回りが少しだけ悪かった味方が、不幸の重なりの結果として一人倒された。

 すると味方を倒したヴァイオレットミノタウロスが……ブルーミノタウロスになったのだ。

 しかも、与えたダメージが回復し、装備が更新されるというおまけ付きで。


「……。ブルーで倒し損なったのが痛い」

「だな。ブルーならハンネたちの装備なら倒せていたと思う」

「検証班内部でやった反省会でも同意見になったわ。後、倒せたときに何が得られたのかを知れなかった、と言う意味でも痛かったわね」

「ああ、普通のブルーとは取得物が悪い意味で異なる可能性がありますものね」

「ぶ、ぶれへんなぁ……」

 その後、ブルーミノタウロスはさらに他の味方を倒していき、グリーン、そしてグリーンミノタウロスの上であるらしいライムミノタウロスにまで変化。

 この時点で最後に残ったハンネは撤退を試みたのだが、隣の部屋にまで逃げてもなお逃げ切る事は叶わず倒されて、探索失敗となったらしい。

 つまり、マルチでは味方が魔物に倒されれば、それだけ魔物が強化されてしまうのだ。


「これ、もしもフッセの言う、取得物が悪い意味で異なる可能性が正しいなら、フレンドリーファイヤが可能な理由がまるで別物になってくるな」

「そうね。魔物を強化させるぐらいなら、と言うのは一つの選択肢だとは思うわ」

「嫌な話ですわ。それでしたら、トドメを刺せないように万策を尽くす方が先だとは思いません事?」

「……。倒せるなら、敵を倒した方が効率的なのは確か」

「ウチとしては、守られる側のマニュアルがその内でいいから欲しくなってくるところやなぁ」

「あ、それ。要望として検証班に伝えておくわ。たぶん必要になるだろうし」

 まあ、この辺については、そのうち検証班が検証結果を出してくれるだろう。

 で、それを受けた誰かが立ち回りとして安定するものを示すに違いない。

 俺はマルチには強い興味がないので、それを待てばいいだろう。

 それでは続けてネルへの質問をしようか。

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