62:僅かな強化
「メッセージを送り終えました。トビィ」
「ありがとうな。ティガ」
意識をアバターに移した俺は街坑道・ヒイズルガに移動。
そして、ハンネとの会合場所になる中央の行政区へと、蜂の姿となって実体を持っているティガと一緒に歩いて向かっていくわけだが……それなりに時間がかかる。
という訳で、移動をしつつ、やれる事はやっていく。
「しかし大丈夫なのですか? メッセージの文面はそのように読み取れるものでしたが、『デビュー』のハンネに確認を取らなくて」
「大丈夫大丈夫。ハンネの奴はこんな事じゃ怒らねえよ。むしろ、喜ぶくらいだと思うぞ。アイツの事だからな」
まずハンネからのメッセージは各種交換会……つまりは検証班主催で情報や設計図のやり取りをしましょうという会へのお誘いだった。
この交換会には、ハンネの他にも複数人の検証班、それに検証班ではないプレイヤーが集まっているとの事で、検証班でないプレイヤーがまた別のプレイヤーを招くことも許されている。
という訳で、物は試しにと俺はフッセとネルの二人にも交換会への誘いを送った。
あの二人の実力なら検証班が喜ぶ情報の一つや二つくらいは持っているだろうし、あの二人にとっても利益のある事、損にはならないだろう。
参加するしないは二人の意思に任せてあるしな。
「で、これは今のうちに聞いておきたいんだが。第二坑道・ケンカラシから出て、アバターに意識を移すまでの数歩、ゴーレムに違和感があったんだが、アレはなんだ?」
「ブン!?」
周囲から自然な緑が少しずつ消え、整えられた緑が増えていくと共に、人工的な建造物も増えていく。
合わせて人影も増え、俺に向けられる視線も増える。
まあ、その辺はどうでもいいので、検証班への手土産になりそうな情報をまずは確認しておこうと、俺はティガに質問したのだが……蜂そのものの姿でも分かるレベルで驚いているな。
「ト、トビィ……分かったのですか?」
「分かった、という事は何かはあるのか。資料を出せ、ティガ。1%になるかも怪しいレベルだが、違和感があったのは事実なんだ。で、それが仕様だというのなら、俺はそれの詳細を知っておきたい」
「ブ、ブン。こちらになります」
俺はティガから貰った資料に素早く目を通す。
目を通して……軽く息を吐く。
「そう言えば、ローグライクと言うジャンルにおいては、ダンジョン内に居る一時だけ強化される、と言う仕様はよくあるものではあったか」
「ブン。とは言え、かなりの長期探索後でもなければ、普通は分からないようなレベルです。本当によく気づきましたね。トビィ」
「自分の動かす体の事だぞ。むしろ気づかない方がどうかしている。と、言いたいところだが、まあ、大半の奴は誤差や疲れだと思って気づかないだろうなぁ。あの感じだと」
どうやらスコ82には、坑道内に限定したゴーレムの強化システムがあったようだ。
資料を読んだ限りの話になるが、坑道での探索が進むほどに、現在探索している坑道にゴーレムの細かい部分が適応していくそうなのだ。
で、適応が進むと、体が動かしやすくなる、攻撃能力が上がる、体を構成しているマテリアルが傷つきづらくなる、敵に気づかれにくくなるなど、プレイスタイルに応じた強化が施されていくらしい。
つまり、一般的なRPGにおけるレベルアップと同種の現象が起きるそうなのだ。
ただ、この強化は、先述の通り、現在探索中の坑道に適応した結果である。
よって、坑道から脱出すると共に、解除されてしまう強化でもあるらしい。
「で、秘匿していた理由は?」
「ブン。トビィのような鋭いプレイヤーでなければ、まず気づかないというのが主な理由です」
「まあ、有意な差がないなら、明かしても意味はないのは事実か」
「それと、適応と言う形で強化が起きるのは分かっていますが、なぜそうなるのかと言う詳しい理屈までは分かっていない、と言うのもあります」
「おいおい」
ただ、強化幅はティガの保有している資料の範囲内では最大でも1%程度。
ほとんどの場合、指摘されてもなお分からないレベルの強化しか起きないそうだ。
おまけに理屈も不明で、理屈が不明だから強化の法則も不明。
そりゃあ、明かしてもプレイヤーを混乱させるだけだから、明かさないという選択を運営……政府がするのも納得の仕様である。
「しかし、今はよく分からない仕様であっても、高レベルの坑道では覚えておく必要がありそうな仕様だな」
「ブーン、そうでしょうか?」
「そうだとも。もしかしたら第三坑道・アルメコウの最深部に誰も到達できていない理由はここら辺にあるのかもしれないぞ」
「ブーン……否定はできませんね」
さて、そろそろ目的地である、現実にもある大手外食チェーン店が入っている10階建てくらいのビルだ。
えーと、ハンネからのメッセージによれば、3階以降が申請をしてSCを払えば借りる事が出来るスペースになっていて、今回検証班は交換会のために3階を借り切っているらしい。
という訳で、サービス開始からまだ二日目と言う事で、まだまだ閑散としている店内へと入ると、エレベーターに乗って3階へと移動。
「さて、何が待っているだろうな」
「ブーン。いい交換が出来るといいですね。トビィ」
俺はパーティ会場としても使えそうな大広間へと堂々と入っていった。