6:ホワイトコボルト
本日二話目です。
「グルルル……」
『ブブ。正確にはホワイトコボルトです。トビィ』
『毛並みが白いから?』
『ブン。その通りです』
俺はうなり声をあげて、こちらを警戒する一体のコボルト……正確にはホワイトコボルトの姿を改めて見る。
全体の造形は頭が犬になった人間で、身長は170センチ前後。
ただし、頭の細かい造形は小型犬のそれではなく大型犬のものだ。
毛の色は白く、見た目に柔らかい。
防具は胸と股間を守るように革製のものを身に着けている。
武器は手に何も持っておらず、腰にも見えない。
背中に小さい武器でも持っていなければ素手であり、手に生えた小さな爪が武器であると言い張るのだろう。
『さてトビィ。改めてお伝えしますが、トビィに戦う義務はありません。生き残ることが最も重要です』
『らしいな。
「ガウガウッ!」
俺はホワイトコボルトに向かって一歩踏み込む。
するとホワイトコボルトは威嚇のつもりなのか、俺に向かって吠えてくる。
それを見た俺は笑わずにはいられなかった。
ゴーレムの顔に可動部がないから、ティガにしか見えていないだろうが、それでも笑わずにはいられなかった。
だってそうだろう?
『ハッ! 知った事か! 俺は殴りたいからこのゲームに来ているんだ! 敵と言う殴っても構わない相手を目の前にして、殴らないなんて選択肢があるかよ!』
威嚇をしてくるという事は、敵意があるという事。
そして、この世界で敵であるならば、殴りたいだけ殴っていいのだから。
それが嬉しくないわけがない。
『……。そうですか。分かりました、トビィ。では、ご武運を』
『おうっ』
だから俺はティガの声に応えると、威嚇しているホワイトコボルトに向かってさらにもう一歩踏み込んだ。
そして、それが開戦の合図となった。
「バウアッ!」
こちらに向かってホワイトコボルトが素早く踏み込み、地面を蹴り、俺の方へと爪を振りかぶりながら飛びかかってくる。
相手の動きを見た俺は、ここでカウンターを入れればあっさり終わりそうだと思いつつも敢えて左腕を上げ、ホワイトコボルトの攻撃から胴体や頭を守るための盾にする。
結果は?
「キャウン!?」
『ふうん。傷つけることも叶わないか』
ホワイトコボルトの爪は俺の体に傷一つ付ける事が出来ずに弾かれた。
どうやら、ホワイトコボルトの爪は岩よりも柔らかく、岩を破壊できるほどの速さもなく、魔力のような特別なパワーも含まれていないらしい。
つまり、このホワイトコボルトは本当にチュートリアル用の敵であり、倒してもいい、逃げてもいい、防いでもいい、どう対処しても構わないという敵なのだろう。
じゃあ、俺らしく対処してやるとしよう。
『ふんっ!』
「バウバッ!」
俺はとりあえず適当に一歩踏み込み、拳を振る。
それをホワイトコボルトは後方に向かって跳ぶ事であっさり避ける。
よしよし、地上に足がついているなら避けれるだけの足と頭はあるんだな。
動かないサンドバッグを殴ってもそこまで楽しくないから、それはいい事だ。
「バウアッ!」
『じゃ、本命だ。おらぁ!!』
では、再び飛び掛かって爪を振り下ろそうとすると言う狙ってくださいと言わんばかりのモーションをホワイトコボルトがやってきてくれたので、お望みどおりにカウンターを打ち込もう。
俺は一歩踏みつつ、全身の関節を適切に回し、現状の俺に出来る最高の一撃を空中に居るホワイトコボルトの腹に叩きこんでやる。
「バッ……ギュ……」
『ははっ!』
腕からゴーレムの核へ、ゴーレムの核から現実の俺へと伝わってきたのは最高の感触だった。
毛皮、肉、血管、骨、内臓がきちんと配置された、現実の生物と遜色のない構造をしている物体を殴っている感触がする。
『いいっ! 実にいいねぇ! 『
「ギ……ギ……」
実に素晴らしい感触だった。
最新のゲームだって、きちんと骨を組み立て、肉と内臓を詰め、血管を通し、皮を張っている生物は多くない。
モデリングのボーンと生物の骨が別物だと分かっていないプログラマーだって多い。
だいたいは一様の肉を詰めて、皮を張って、耐性だ何だと適当に数字を載せているだけの作品だ。
だが、このゲームは違う。
現実の生物と同じようにホワイトコボルトと言う雑魚敵の体を作っている。
見た目から推察できる通りの感触を俺に与えてくれている。
本当に素晴らしい話だ。
実に殴り甲斐がある!!
『これだけのゲームなら……』
「バ……ギ……」
俺は痛みに呻き、立ち上がれないでいるホワイトコボルトへと近づいていく。
片足でホワイトコボルトの体を軽く押さえつける。
右腕を引き、狙いを定める。
『頭を殴り潰す感覚もよさそうだ』
「……」
そして一撃。
俺の望んだとおりの感覚と共に、ホワイトコボルトの頭が潰れ、絶命する。
『ブン。お見事です。トビィ』
『ありがとうよ。ティガ』
足と手をホワイトコボルトの上から離す。
ホワイトコボルトの死体は魔物と言う存在の設定に従って、その場から消え去っていく。
≪設計図:コボルトアームRを回収しました≫
『ふーん、これが設計図か』
ホワイトコボルトの死体が完全に消えるとともに、取得物についてのアナウンスが入る。
コボルトアームR……詳細はこの場では見れないが、名前だけで判断する限り、コボルトの右腕を模したパーツになるのだろう。
『さて、これでこの部屋は終わり。次の部屋だな』
『ブン。移動しましょう、トビィ』
俺は通路に入り、次の部屋へと向かった。