58:グリーンキーパー・ケンカラシβ-1
本日は三話更新になります。
こちらは一話目です。
「上り坂に階段だな。そろそろ水上に出るか?」
『ブン。そうなるかもしれませんね』
さて、金のマテリアルタワー回収から暫く。
緋炭石と岩を回収したり、水中という事で頭上から襲い掛かるサハギンの群れを撃退したりという事はあったが、大きな損傷はなく探索は進んでいった。
で、今は水中ではあるが、少しずつ上り坂と階段が増えて、陸に近づいていると思うところだ。
「む、部屋か」
が、その前に部屋に出てしまうようだ。
俺は通路から部屋の中を窺う。
「あー……」
部屋はかなり広い。
洞窟構造に特有の段差はあるものの、全体的には緩やかな坂となっていて、水場と陸、両方がある部屋になっているようだ。
で、水中からだと光の反射のせいで色々とつかみづらいのだが、たぶん、この部屋には俺が顔を出している通路を含めて三本の通路が繋がっている。
えーと、脳内マップを確認。
うん、通路の一つはブルーサーディンが居た部屋に繋がっているだろう。
「此処がボス部屋か」
『ブン。そのようですねぇ』
「シギョギャリギャリ」
で、最後の通路はきっと脱出ポッドに繋がっている。
と言うのも、部屋の中には明らかに他の魔物とは違う魔物が居たのだ。
「さて、どうするかなぁ……」
俺は一度通路に体を完全に隠す。
そして、今見えた……水中に入ってきて、頭を振り、周囲を見て回っていた魔物の姿を頭の中で反芻する。
「ティガ。敵の名前は?」
『ブーン。全身が見えたわけではありませんので、確証はありませんが、相手はグリーンキーパー・ケンカラシ
「ベータ?」
『ブン。どうやら坑道の空間異常の影響で、グリーンキーパー・ケンカラシは三種類の姿から一種類が選択されて出現するようになっているようです』
「ああ、なるほど」
まずグリーンキーパーの名前通り、相手は確かに緑色の体色を有していた。
緑……普通に考えて、青の一段階上のランクに位置する魔物という事になるだろう。
まあ、この点については菫キパがパープルまでしか出てこなかった第一坑道・レンウハクで出現したのだから、おかしなことではないだろう。
「となると、
『ブン。ティガに記されているデータ通りなら、ケンカラシαとケンカラシγが他に居るようです。とは言え、今回は出現していないのですから、気にしなくてもいいでしょう』
「ま、出現していない敵より出現している敵だしな」
では、そのグリーンキーパー・ケンカラシβはどんな魔物なのか。
見た目については……頭は羊、ただし普通の目の位置にはくぼみがあるだけで、目は額と鼻先に付いていた。
前足はギザギザの刃が付いた円盤が何個もくっつき、連なり、腕のようになっている。
後ろ足と尾は底生の魚のようになっていて、体をしっかりと支えている。
で、胴体は……羊の毛、鉄板、魚の鱗、三つの表皮が床屋の回転する看板のように渦を巻いていて、しかも常に動いている。
恐らくだが、表皮の違いはそのまま防御能力の違いになるのだろう。
「相手のサイズは体高3メートル……殴るなら、色々と気を付ける必要があるな。そして火炎瓶は……地形が悪すぎるな」
『ブン。仮に燃やしても、水場に潜るだけで消火されるでしょうね』
しかし、相手の攻撃手段が分からないな。
円盤の腕は武器として使ってくるとして、何かしらの方法による体当たりもしてくるだろう。
だが他に何をしてくるかはまるで予想がつかないな。
まあ、何が来るにしてもだ。
相手は体高3メートル、体長は5メートル以上と言う巨体なのだから、その体格を生かした攻撃の威力が高い事も間違いなく、シールドゲージを持たない今の俺だとどの攻撃が直撃しても即死しかねないだろう。
こちらからの攻撃を当てるのが難しい事も含めて、戦うとなったら厄介そうだ。
「これ、戦わないのもありか」
『ブン。金も回収していますし、青銅や真鍮・電撃も大量に持っています。今回は戦わず、上手くやり過ごして、脱出ポッドまで行くのがプレイヤーとしては正しいと思います。と、言いますか……』
「と、言いますか?」
『以前もお伝えした通り、生き残って緋炭石を持ち帰る事が最も重要な仕事です。お忘れのないように』
「あー、まあ、そうだな」
正直に言って、ここで戦うのは極めて高いリスクを伴う事になる。
となれば……戦わずにやり過ごすのもありか。
ブルーサーディンたちから逃げたのなら、今更だしな。
「よしやり過ごすか」
『ブン。やり過ごしましょう』
という訳でやり過ごすことに決定。
が、目的地である脱出ポッドはグリーンキーパー・ケンカラシβ……緑キパβの居る部屋の先。
つまり、緑キパβに見つからないように部屋を通り抜ける必要はあるわけか。
「シギョギャリギャリ……」
「……」
『……』
俺は部屋の中に入り込む。
洞窟構造で地面に凹凸がある事を生かし、その陰に隠れるように進んでいく。
視覚も聴覚も生かして、緑キパβがこちらを見ていないタイミングを見計らって、少しずつ進んでいく。
そうして上手く隠れて進んだと思ったわけだが……。
「プウゥゥオッオッオッ」
気が付けば、緑キパβは後ろ足と尾を使って器用に上体を起こし、俺が隠れている水場と陸のちょうど境目にある岩陰を斜め上からはっきりと見ていた。
両腕の円盤はこすれあう嫌な音を立てつつ回っていて、口からは奇妙な鳴き声と共に冷気のようなものが漏れ出ている。
「考えてみれば、水中で魚相手に位置を誤魔化す方が無理があったか」
『ブン。そうかもしれませんね』
どうやら、水が動くのを感知されていたらしい。
つまり、この部屋に水中の通路から入った時点で、緑キパβの目を逃れることは不可能だったという事だろう。
「まあ、それでも……」
だがそれでも通路にまで逃げ込めば、緑キパβの巨体からしてそれ以上に追うことは出来ないはず。
そんな俺の考えをあざ笑うように……。
「エンバギリャアッ!」
緑キパβの両腕から氷で出来た刃付きの円盤がこちらに向かって幾つも投下され、接地すると同時に駆け回り始めた。