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50:命がけの隠密

本日は三話更新になります。

こちらは二話目です。

「なるほど……となると、デイムビーとオークの部屋の方がまだマシか」

『ブン。そうかもしれませんね』

 ティガから渡された文章を読んだ俺は早速行動を始めた。

 向かうのはデイムビー3のオーク2の部屋だ。

 こちらの部屋はオークたちは部屋の中心で待機し続けていて、何かがない限りは動く気が無いようだった。

 デイムビーは空から時折周囲を見回っているが、デイムビーたちの飛翔には独特の羽音を伴っているし、空を飛べるからこそ若干距離がある形でこちらを見ることになる。

 そして、部屋の中には家電を模した電撃罠の設置や雰囲気づくりのために、幾つも棚があるため、死角となる場所が幾つもある。

 よって、少なくとも、部屋の中を予測できない形で自由に動き回る魔物が四体もいるもう一つの部屋よりは、こちらの部屋の方が突破できる可能性が高いと判断した。


『ただトビィ。文章通りですが……』

「ああ、分かってる」

 俺は通路からこっそり部屋の中を窺う。

 隠密で行動する場合、まず大変なのは部屋への侵入だ。

 部屋に入る瞬間を見られてしまったら、隠密もくそもない。

 なので、俺が居る通路を誰も見ていないタイミングを狙う。


「「「ブブブ……」」」

「「ブゴブゴ」」

「……」

 その時が来た。

 俺は音を立てないように、静かに部屋の中へと転がり込み、手近な棚の陰に姿を隠す。

 そして、見つかっていないと判断できるようになるまで、暫くの間は待機。


「「「ブブブ……」」」

「「ブゴブゴ」」

「……」

 どうやら大丈夫なようだ。

 俺は棚の陰から陰へと、這うようにして、ゆっくりと移動していく。

 で、一度移動する度に暫く動きを止め、聞き耳を立て、大丈夫であることを確認する。


「「「ブブブ……」」」

『トビィ。絶対に動かないでください』

「……」

 と、ここでデイムビーたちによる巡回が行われる。

 空を飛び、床を見回し、異物がないかを確認していく。

 俺はそれを瞬きを堪え、呼吸を止め、全身の筋肉を弛緩させるような感覚と共に見守り……やり過ごす。


「「「ブブブ……」」」

「「ブゴブゴ」」

「……」

『ブン。上手くいったようですね』

 そうしてデイムビーたちは部屋の中心へと帰っていった。

 さて、何故虎柄の石像とかいう人間の目には異常極まりない代物が見つからなかったのか、それは魔物の視覚の仕様の穴を突いたからだ。


「……」

 ティガから貰った文章曰く。

 魔物の感覚機能は異物を捉えることに適している。

 だが、ここで言う異物とは、色や音の事ではなく、本来動くはずがないものが動いていると言う現象……つまりはゴーレムの挙動に伴うものであるらしい。

 これは魔物にとっての敵、つまりはゴーレムと人間だけが持つものであるため、これに引っかかると有無を言わさず敵判定を受けるそうだ。

 逆に言えば、この異物と認識されるようなものさえ認識されなければ、大抵の色や音を魔物は見過ごすらしい。

 それこそ虎柄の石像が一つ部屋の中に増えているぐらいは見過ごされるほどに。


「「「ブブブ……」」」

『また来ました。トビィ』

「……」

 が、言うは易し、行うは難しだ。

 本来ならば、隠密行動と言うのは、それに合ったパーツを揃えて行うようなものであり、今の俺のように隠密とは無関係のパーツ一式でやるようなものではない。

 本来の隠密ならパーツが抑えてくれる異物を、自分の技量だけで抑え込むなど、ティガに言わせれば正気の沙汰ではないとの事。


「ブーン……」

「ブブ……」

「ブブン?」

「……」

『怪しまれています。トビィ』

 だがそれも当然の言葉だろう。

 魔物が認識する異物とは、ゴーレムに憑依している状態でも中身が人間であるために無意識的にやってしまう行動。

 つまりは瞬きであり、呼吸であり、姿勢保持と緊張のための筋肉の強張りであり、人が人である限りは本来ならば抑えようのないものばかりなのだから。


「「「ブブブ……」」」

「「ブゴブゴ」」

『き、気づかれなかったようですね。トビィ』

「……」

 だが抑え込んでやった。

 これでも俺はゲーマーだ。

 死体のフリをすることで見張りの目を誤魔化し、敵の頭を背後から殴った事など一度や二度ではない。

 と言うより、世の中のゲームには、敵を殴るためにはそういう尋常ならざる動き……場合によっては遠距離から腹に一発弾丸を撃ち込まれるぐらいは耐えて、伏せ続ける事を要求される場面があるので、相手を殴る事に拘る俺としては磨かずにはいられなかった技術の一つなのだ、この死んだふりは。

 そして今、ゴーレムの体が力を抜いても姿勢を保持してくれやすいのもあって、過去一番に近い精度で俺の技術は生かされた。

 これならば、距離があり、攻撃もされていない今ならば騙し切れる。

 で、俺の予測通り、デイムビーたちは俺に気づかず戻っていったのだ。


「……」

 という訳でデイムビーたちが居なくなったタイミングで俺は再び移動。

 既に部屋の八割は移動完了。

 脳内で構築したMAPでは未知の部屋に続くと思われる通路は目前。

 最悪、見つかっても通路に転がり込んで逃げる事も出来るだろう。

 と言うか、部屋から通路に出る時のことを考えると、見つかる前提の心持であった方がいい。


「……」

 そうして俺は部屋から通路に向かって転がった。


「ブッ!?」

 そのタイミングで狙撃銃っぽい物体を抱えたブルーデイムビーがこちらを見た。


『トビィ!』

「ちいっ!」

「ブブブウウゥゥ!!」

 気づかれた。

 他のデイムビーとオークたちがこちらを向き始める。

 ブルーデイムビーが銃口をこちらに向ける。

 俺はブルーデイムビーから目を離さないようにしつつ、通路の奥に向かって全力で移動。

 これまでの経験から、魔物と言うのは手を出していなければ、部屋から通路の奥まで踏み込んでくることはないと判断しての行動だ。


「ブン!」

 そうして俺は無事に通路に逃げ込んだ。

 既にオークたちと槍持ちのデイムビーは俺を追う事を諦めている様子だった。

 だがブルーデイムビーは狙撃銃を構え続け……引き金を引いた。


「んなっ……」

 射出物の発射を見たことで認識加速は入った。

 しかし七割だ。

 狙撃銃から放たれた電撃を纏った弾丸は既に行程の七割を終えていた。

 そして、今もなお、認識加速してなお速く感じる動きでもってこちらの胸……ゴーレムの核へと一直線に向かってきている。

 避ける事はもはや不可能。

 腕を上げて防御することも不可能。

 銅のブレストプレートと岩のビギナーボディの守りでは、核を守るには圧倒的に足りない。

 一般的に言って詰みだ。


『ト……』

「まだだ!」

 だがそれでも俺は一縷の望みをかけて足搔く事にした。

 両脚を床から離し、腰を折り曲げたのだ。

 するとゴーレムの体はスコ82のルールに従って、認識加速の世界でも十分な速さでもって、一気に落ちていく。

 それに伴って、弾丸の進路上にあるものが胸から顔へと変わっていく。

 向かう先が変わっていくのを見て、俺は本能的に顔を反らし始め……。


「ぬぐおっ!?」

 顔の右半分が稲妻のエフェクトと共に吹っ飛んだ。

 視界が半分になり、音がおかしくなり、鼻が利かなくなり、本来空気に触れない部分が空気に触れることで異常な感覚が生じる。

 また、頭部から体にまで着弾の衝撃は伝わり、俺の体が何回転もしながら通路の奥へと運ばれていく。

 だが……。


『トビィ!』

「生き延びたな……ならば良しだ……」

 そこまでだった。

 それ以上の攻撃はなく、俺は這う這うの体ではあるが、逃げ延びる事に成功した。

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