32:『無名』のネル
「真後ろ……だと!?」
どこから撃たれたかは衝撃の方向から直ぐに分かった。
真後ろだ。
真後ろから俺は撃たれた。
「あれは……」
だから俺は直ぐに首から上だけを180度回転させて、視界をそちらの方へと向ける。
そこには確かに人影があった。
「お前が……」
そいつの構成がどうなっているのかはよく分からなかった。
銃を持ち、引き金を引いている事から、指がある腕なのは間違いないし、敢えてなのかは分からないが口のない頭部なのも分かるが、それ以上は分からない。
何故ならそいつは全身にペイントによる迷彩を施していたからだ。
「『無名』のネルか!」
この時点で俺は相手……ネルが遭遇戦ガチ勢の中でも、隠密からの奇襲・狙撃に特化したプレイヤーであると理解した。
前の部屋の処理を終えたタイミングで俺がやってきたというアナウンスを受け、身を隠し、俺の跡をつけて、気が緩んだタイミングで仕掛けて来たのだ。
そして、おそらくこの戦法はネルにとっては慣れ親しんだ戦法であるはずだ。
でなければ、初日時点から自身にペイントによる迷彩を施して、対プレイヤー用の隠蔽手段を用意しておくなどありえない。
だが同時にフッセほどに銃撃の腕は良くないとも判断した。
俺が気付けていない、完全に奇襲が成立した状態であったにも関わらず、俺を即死させることに失敗しているからだ。
であれば……まだワンチャン勝てる可能性はあるかもしれない。
『ビイイィィ! モロトフラックが破損! 炎上します! トビィ!』
「やっべ」
気がつけば、俺が背負っていたモロトフラックから火が吹き上げ始めている。
これは……モロトフラックの欠点、強い衝撃を受けた時に炎上するというものか!
俺はそれを認識すると、素早く右腕を胴体とモロトフラックの間に割り込ませ、分離を図る。
そうして分離したモロトフラックは地面に勢いよく落ちて……激しく燃え上がる。
俺はネルから目を離さないように注意しつつ、炎上範囲から逃れる。
ネルは……その場から移動せず、銃口をこちらに向けているか。
『トビィ』
「はっ、分かり易くていいじゃねえか。俺が生き残るためには接近してぶん殴る。それ以外に手があるか?」
『ブン。まあ、そうですね』
俺は向きを直すと、右手を胸の前に持ってきて、何時でも胸を庇えるようにしておく。
後方は未だに炎上中。
左右も同じようなもの。
俺とネルの間には見た限りでは何も障害物はない。
ああやはり、他に道はないし、小細工が出来るような状態でもないな。
「行くぞオラァアアアァァァ!!」
俺はネルに向かって真っすぐに歩いていく。
彼我の距離は恐らく20歩前後。
殴れるほどに接近するまでに二度か三度は撃たれる事だろう。
だが、フッセとの戦いで銃の威力は分かっている。
銃が発射される瞬間を見逃さなければ認識加速も発動する。
決して分の悪い賭けではないはずだ。
「……」
「来るか!」
ネルの指と腕が僅かに動いた。
銃弾が放たれた。
対する俺は射線から少しだけ体を動かした上で、飛来してくるそれを迎撃しようと腕を動かし始めた。
「よ……」
認識加速によって全てが遅くなった世界で俺の腕が動く。
タイミングはばっちり合った。
このまま行けば、飛来してくる弾丸を俺の右手の甲が捉え、弾き飛ばす事だろう。
「し……」
そうして動かしている間に気づく。
気づいてしまった。
俺がやらかしてしまったことを。
「じゃ……」
飛来してくる弾丸は岩の色ではなく銅の色をしていた。
球形ではなく細長い木の実のような形をしていた。
回転は回転でも、螺旋回転をしていた。
そう、これはマスケットの弾丸ではなく……。
ライフルの弾丸だ。
「ねぇ!?」
弾丸に触れた俺の右手が一方的に食い破られていく。
進路を捻じ曲げる事も叶わずに、破壊されていく。
そして、右手を破壊した弾丸はそのまま直進し、俺の右胸を貫いていく。
衝撃が全身に走り、視覚も聴覚もぶれる。
そうして……認識加速の時間が終わる。
「!?」
『ビイイィィ! 右腕損壊! 核にも少なくない衝撃が伝わっています!』
俺は自分の意志とは無関係に片膝をつく。
動かそうと思っても動かせない。
これは……核に異常が生じたことで、体を動かす機能にも異常が生じているのか。
「……」
「ちっ、完全にやられたな。真正面からだったから、あるいは不意打ちで倒せなかったから、特殊弾をぶち込んだという事か」
動けない以上は詰みだ。
ネルはゆっくりと、けれどしっかり、油断なく銃口を俺へと向け、装填が終わるのを待っている。
装填されているのは、恐らくだが先ほどと同じ特殊弾……銅を素材として生成された貫通特化の弾。
しかし、まさかこんな早々から、ゲームの最後まで使えそうな特殊弾と銃の組み合わせを持っているとは……ネルは相当運がいい部類のようだ。
「……」
「ぐっ……」
ネルの銃から銅の弾丸が放たれ、俺の胸……核を貫いた。
そうして表示されたのは、核を破壊されたというメッセージと、末期の言葉を残したいなら残してもいいというものだった。
じゃあ、折角だから残させてもらおう。
「いいねぇ、『無名』のネル。お前の名前、ID、やり方、覚えたぞ。次はその面……全力でぶん殴ってやる」
「……」
俺の言葉を受けて、ネルは左手で自分の胸を叩く。
まるで、やれるものならやってみろ、そう言っているかのようだった。
≪『無名』のネルに敗北しました≫
≪『無名』のネルに所有していたマテリアルと緋炭石が移譲されました≫
≪核が破壊されたため、意識をアバターに移動します≫
そして俺の意識はラボのアバターに戻された。