3:ゴーレムへの憑依
本日三話目になります。
「ふぅ、こんなところか」
柔軟運動からのパンチ、キック、ジャンプにローリング、スウェー、側転、回し蹴り、掌底、スクワット、前方宙返りに後方宙返り。
一通りの動きをやってみた俺の感想としては、非常に使い勝手のいいアバターと言うところだ。
詳しく話すのなら、操作に癖のある下手なVRゲームよりもいい出来で、現実の俺が出来る動きなら全部こなせるだろう。
「よろしいですか? トビィ様」
「ああいいぞ」
今のアバターがこれだけ動けるのなら、ゴーレムについても期待を持てそうだ。
「では、あちらのゴーレムに近づいてください」
「分かった」
俺は岩で出来た人形……ゴーレムに近づいていく。
ゴーレムの大きさは俺と同じくらい。
頭は一つの岩で、胴は二つの岩で……どうやら、人間の体をある程度の範囲で区切り、岩の塊を組み合わせることで、ゴーレムは作られているらしい。
もう少し詳しく見てみよう。
頭部は目と耳の部分にへこみ、鼻の部分に出っ張りがある岩で、可動部の類は見られない。
胴体は胸の方を担当しているであろう岩の真ん中に、緋色に輝く球体が付いている。
腕は手、前腕、二の腕、三つの岩で出来ているが、手の部分は歪な球形の岩なので、物を持つ事は難しいだろう。
脚は……特に言う事も無いか。
「胴体に緋色の球体が見えますね。そちらがゴーレムの核となります。ゴーレムにとって核は……」
「ティガ、ストップ」
「なんでしょうか? トビィ様」
ティガの話が長引きそうだと思った俺は話を止める。
「俺は話が長くなると眠くなる。そういう設定周りは文章でまとめておいてくれると助かる」
「……。了承しました」
「あと、ついでだから、様付けはなし。敬語も無視しても構わない」
「……。了承しました。トビィ。これでいいですか?」
「ああ、それでいい」
どうやらティガのサポートAIとしての性能はかなり高そうだ。
明らかに俺は無理を言っているのに、表面上は簡単に見えるように処理をこなしている。
おまけに、俺が望んだ文章もあっさりと出してきた。
俺と同じような人間のために予め用意されていたかもしれないが、それにしても早い。
「ふうん、なるほど」
ティガに示された文章を見て、俺は理解した。
「こうすればいいんだな」
「ブン、そうです。トビィ」
俺はゴーレムの核に手をかざす。
すると意識がアバターからゴーレムへと移動し始める。
意識が移動する最中に、アバターはどこからともなく現れたベッドのような場所に寝かされ、それと同時にゴーレムの全身に自分の感覚が張り巡らされていくのが分かる。
『意識の移行完了です。トビィ』
『みたいだな』
そうして10秒ほどかけて、意識の移動は完了。
ティガの声が頭の中に直接響くような形で聞こえてきて、それに返事をする俺の声もまた頭の中に直接響くように聞こえる。
どうやら、このゴーレムには発声器官がないため、声は外には出ず、意識上で発せられるだけのようだ。
『それではトビィ。歩行訓練から始めましょう』
『分かった』
どこへ向かえばいいかを示すように、俺の少し前を飛ぶティガの姿を目視、一歩踏み出す。
先ほど目を通したマニュアルによれば、今のティガは俺の意識上にだけ存在しているそうで、実体はそこにはない、一種のポインターのような状態らしい。
『では続けて、全身を触ってみましょう。感覚に抜けがないかは確かめた方がよいです』
『ついでに可動域も調べられますって事か』
『ブン。その通りです。トビィ』
胸部に露出していた核は意識の移動が行われると共に、胴体の内部に収納されている。
ティガが示した文章によれば、ゴーレムの体は手足どころか頭がもげても、戦闘不能にはならないし、失血死の類もない。
材料さえあれば修理は後で幾らでもできるらしい。
だが、核が破壊されてしまうと、他が無傷でも即座に機能停止に陥るそうだ。
『驚いたな。さっきのアバターよりもゴーレムの方が高性能に感じる』
『ブブ。それはトビィだからでしょう。出来ると分かっても720度回転が出来るものは多くありません』
体を触っていて驚いたのは、動かす感覚は先ほどのアバターとほぼ変わらないこと。
岩で出来ているという話にはそぐわないほどに軽く、滑らかに動くのだ。
おまけに関節部分が自由関節に近いものになっているのだろう。
手首をドリルのように何回転もさせる事も出来たし、首を180度回して後ろを見る事も出来た。
この事を知っていれば、どこかで奇襲に使えるかもしれない。
『いずれにせよ。動かすことに支障はないようですね。トビィ。残りのチュートリアルは実地で行います。こちらへどうぞ』
『そっちか』
ティガがラボの壁に設置された扉の方へと飛んでいく。
どうやらあちらからラボの外に出られるらしい。
距離は数メートル。
折角だからと俺は小走りで向かう事にした。
そして、一歩目を踏み出し、二歩目が地面を離れ、走りの定義らしく、二歩目が地面に着くよりも早く三歩目が地面から離れた時だった。
『っう!?』
『ブブ! いけません! トビィ!』
全身が一気に重くなった。
動きの滑らかさは変わらなかったが、まるでゴーレムの全身に太い鎖が巻き付けられたかのように重くなり、床へと引き寄せられ、予期せぬ姿勢で着地することを強いられたのだ。
『ティガ』
『ブン。説明するマニュアルはあります。トビィ』
着地と同時に体の重さは元に戻った。
負荷がかかっていそうな関節の異常も感じられない。
後はどうしてこんなことになったのかだが……ティガが示した説明曰く、ゴーレムが自分の重量、慣性、重力加速度と言ったものを誤魔化していられるのは体の一部が床や壁、天井などに接触している間だけとの事。
なので、何かしらの工夫をしなければ、ゴーレムには走る、跳ぶと言った行為は出来ないらしい。
『なるほど理解した。だったら、そういう立ち回りをするだけだ』
『ブン。素晴らしい意識だと思います。トビィ』
俺は競歩に近い動きでもって、ティガが待つ場所へと移動した。
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