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19:殴打衝動

本日三話目です。

「ふはっ、ははははっ、あははははっ!」

 素晴らしい。

 やはりスコ82は素晴らしいゲームである。

 アバターの拳を木へと叩き込んだ瞬間に、俺はそれを理解させられた。

 何故かって?


「いい痛さだ。相手にも中身がある。やっぱり中身がきっちり詰まっている相手の方が殴っていて楽しいよなぁ」

 こんな何の変哲もない木であっても、中身まできちんと作られているからだ。

 拳に直接触れるのは樹皮だが、その先まできっちりと存在しているのが、殴った感触で俺に伝わってくるのだ。

 アバターの手の皮が傷つき、肉と骨にダメージが来る感触も良好。

 まるで生身で殴りつけているかのようだ。


「おっしゃあ! とりあえず息切れるまで行っておくか!」

 興奮そのままに俺は攻撃を繰り出していく。

 右ストレート、左フック、ジャブ、アッパー、掌底、手刀、裏拳、両手の叩きつけ……突きについては流石に自重したが、叩く動作に関しては手の表も裏も側面も先も満遍なく使って、木へと叩き込んでいく。

 そうして叩き込んでいくと、やがて手の皮が破れ、血が出て、木の皮あるいは皮が剥がれた先に赤い色が僅かに付き、それからゲームであることを思い出したかのように、俺の体も木も元通りになっていく。


「ははっ、無意味ってのがまたいい。悪いとは言わないが、こういう行為にも意味を持たせるゲームに少し食傷気味だったからな」

 だからまた拳を叩き込んでいく。

 木が絶対にへし折れないことを理解した上で、木をへし折るつもりで殴り続ける。

 ひたすらに、ただひたすらに、無心となって、本能のままに手足を動かし、衝動のままに木を殴り続ける。

 それは俺にとって、最高に気分が高揚しすると共に、爽快感を得られる行為だった。


「ブーン。トビィ、少しいいですか?」

「なんだ? 今の俺は片手間にしか答える気がないぞ」

「構いません。では、今後の円滑なサポートのために聞きますが、何故トビィはそれほどまでに殴る事に拘るのですか?」

「何故、ねぇ」

 木を叩く音に混ざって、俺以外の人間の足音とざわつきが時折聞こえるが、そちらは別にいい。

 今はこの衝動に半ば身を委ねる方が大切だ。

 だが、ティガの質問も大事なものだ。

 なので、片手間程度に答えることにする。


「何故と言われても、昔からそうだったとしか言えないな」

「昔から、ですか」

「ああそうだとも。ガキの頃から気分が良かろうが悪かろうが何かを殴りたいと思わずにはいられなかった。殴らずにいると、イライラしてきて、何もかもが嫌になってくる。だから、こうして殴っているんだ」

「ブーン。それほど殴るのが好きなら、ボクシングや軍人、総合格闘技などの道もあったのでは?」

「よく言われる奴だな。実際俺も少し考えたことがある。が、駄目だった。勝ち負け以前にルール、義務、職務意識、高尚な精神やらに縛られる事に対して、馬鹿みたいなレベルでの嫌悪感が沸いたのさ。どうやら俺は、きっかけはともかくとして、自分の意志に従って、無制限に、自分のために殴らないと満足出来ないようなのさ」

「それはまた、難儀ですね」

「実際難儀だとも、だから俺は自分の事を危険人物であり、社会不適合者であると認識しているわけだしな」

 俺の在り方を一言で表すならばチンピラが近いだろうか?

 ただ、俺は自分の面子だの、仲間を守るだの、そういった事は別にどうでもいいんだよな。

 俺はとにかく殴る事さえ出来ればそれでいい、そう言う難儀な……衝動としか呼べないものを抱え込んでいる。

 どうしてかは知らないが。


「ブン。とりあえずトビィに対する理解が少し深まりました。ありがとうございます」

「どう致しまし……てっ!」」

 まあ、幸いにして、今の時代にはフルダイヴのVRゲームと言うものが存在し、その世界の中でなら俺の衝動は健全に発散可能。

 なので、必要最低限の折り合いは付けられている。

 ティガも俺に対する理解を深められたと言っているし、今後はもっと楽に殴れる事だろう。


「ふぅ……。だいぶ、すっきりしてきたな。いやー、本当に殴り甲斐のある木だ」

「ブン。では、次に街坑道・ヒイズルガに来る時のために、ここにリスポーン地点を設定しておきますか?」

「ん? そういう事も出来るのか。じゃあ、そうしておいてくれ」

「ブン。分かりました」

 俺は一息つき、木から少し離れつつ、ティガの言葉に応える。

 どうやら街坑道・ヒイズルガは初回進入時はランダム、次回以降は任意の地点に跳ぶ形で入れるようだが、その任意の地点と言うのは公共の場所であるなら好きな場所を選べるらしい。

 では、素直に此処を選んでおこう。

 俺の事を遠くからざわつきつつ見ている連中がいるように、近くには複数人が集まれる広場のような場所もあるみたいだしな。


「ちょっといいかしら?」

「ん?」

「ブーン?」

 と、此処で俺が居る小島に向かって一人の女性が近づいてくる。

 現実の方にも居そうな、本当に普通の洋服を着た、白い髪に青い目の女だ。

 女性の背後には顔がデフォルメされ、チェシャ猫のように笑っているユキヒョウが居て、女性の後に続いている。

 なるほど、女性の方がプレイヤーで、ユキヒョウの方がサポートAIと言うところか。


「貴方がトビィよね。その殴りっぷりからして」

「ああそうだ。で、そんな質問をしてくるって事はお前か。いつも通りと言っていたが、スコ82での名前は?」

「ハンネよ。合っていてよかったわ。トビィ」

「ブン。合流成功ですか」

「ユーヒョヒョッヒョッオウ。良かったなぁ、ご主人」

 どうやらアイツ……俺をスコ82に誘った友人のようだ。

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