14:ヴァイオレットキーパー・レンウハク
本日二話目です。
『いい感触だぁ!』
菫キパのうなじに一撃叩き込んだ俺は、菫キパの体を覆う羽毛の柔らかさを確かめつつ、重力に逆らわずに転がって地面にまでたどり着く。
そして、そのまま地面の上を数回転して菫キパから素早く距離を取ると、菫キパの様子を窺う。
「ピギョ……ギョ……」
菫キパはまだ四本の脚と二本の腕を力なく伸ばし、目と口を大きく開いて痛みにこらえているような状態だ。
ダウン状態とも言えるこの状態なら、更なる攻撃を加える事も出来るだろう。
それはいいとして……菫キパの頭上に浮かんでいる、四割ほどが黒く染まった円形のゲージ、アレはなんだろうか?
『ティガ。説明』
『ブン。簡単に説明すればシールドゲージです。ヴァイオレット以上の魔物はシールドゲージを削り切らなければ倒すことは出来ません。詳しくはこちらの文章を確認してください』
俺は菫キパに近寄りながら、ティガの提示した文章を素早く読む。
なるほど、詳しい理屈は読み飛ばしたが、大体は理解した。
あのゲージがある限り、傍目には致命傷にしか見えないような攻撃を受けてもなかった事にされてしまうらしい。
が、うなじへの強烈な一撃によって一気に四割削れたことからも分かるように、致命的な攻撃の方がゲージは多く削れるようだ。
つまり、普通の生物よりも多く殴れるようになっただけ、素晴らしいなっ!
『簡潔な説明、すばらしい……なっ!』
菫キパの足元に到達した俺は、菫キパの羽毛に覆われた脚に向けて拳を打ち込む。
『こいつは!?』
「ピイイィィヨオオォォ……」
だが効果がない。
羽毛が柔らかくも弾力を有していて、その先の肉や骨へと衝撃が伝わっていない。
「ピヨォ!」
『うおっと!?』
ダウン状態から復帰した菫キパが、足元に居る俺を踏みつけようと足を上げる。
飛び退く事はゴーレムには出来ない。
だから俺は地面へと倒れこむように体を傾け、肩が接地すると同時に地面を蹴り、転がるようにして高速移動。
菫キパの踏みつけ攻撃を回避する。
「ビヨォ!」
『連続攻撃か!?』
続けて菫キパは棍棒を振り下ろしてくる。
俺はこれも横へ向かって転がる事で回避する。
うん、こうして二度も回避できたなら、ローリングを中心とした回避行動は正解であるらしい。
「ビヨアッ!!」
『!?』
そうして一瞬ではあるが考察をして、菫キパから意識が逸れてしまったからだろうか。
俺は次の菫キパの攻撃……棍棒を横に振るという動作への対処が一瞬遅れてしまった。
俺は慌てて手近な柱の陰に滑り込むように転がったが、一瞬遅かった。
『おー……一発で左腕が前腕の半ばまでに……』
『ブーン。トビィ、その損傷度合いですと、ゴーレム自身の修復機能だけでは、とてもではありませんが戦闘中に修復することは不可能です。ですので、修復は行いません』
結果、左腕が半分近くもげた。
痛みはないが、違和感は酷い。
そして、これだけの損傷になると、戦闘中に修復することも不可能、と。
「ピイィィヨオオォォッ……」
『とりあえず柱を利用して、上手く距離を取ると言うか、時間稼ぎだな』
柱の陰に入り込んだ俺を菫キパが追いかけてくる。
なので俺は柱の陰から陰へと素早くローリングして、攻撃の範囲内に入らないようにしていく。
『さてティガ。菫キパの体だが、アレはどうなっているんだ? 殴ってもまるでダメージを与えた感覚がなかったんだが』
『ブーン。トビィの視覚ログを確認しましたが、実際ダメージにはなっていませんね。シールドが全く削れていません。恐らくですが、柔らかすぎて攻撃が通らないのでは?』
『打撃無効と言ってくれていいんだぞ』
『ブン。では言いましょう。菫キパに認識されている状態では、あの羽毛による守りを貫いて打撃でダメージを与えることは不可能でしょう。あの羽毛は打撃無効に近い力を持っています』
『ふうん、なるほどな』
俺は追いかけてくる菫キパの体を改めて観察する。
菫キパの体はほぼ全て羽毛に覆われている。
覆われていないのは大きな目、足の指先、口の中ぐらいなもので、瞼が下りれば、下りてきた瞼には羽毛がびっしりだし、棍棒を握る手の内側も羽毛で覆われていて、嘴や唇に当たる部位も同様だ。
隙間がまるでない。
『つまり、今の俺の装備で狙えるのは足の指先の僅かな部分だけ、か』
『それは狙えるとは言わないと思います。トビィ。悪い事は言いませんから、脱出ポッドへと向かいましょう』
『断る。完全無効ならともかく、通る部位があるのに逃げるのは趣味じゃねぇ』
『ブブ……。そうですか……』
菫キパは……こちらを見失ったか?
頭をしきりに左右に振っているし、眼球自体も上下左右に激しく動いている。
「ピピピピピ……」
『むっ……』
そう思っていたら菫キパは天を向いた上で勢いよく息を吸い込み……。
「ピヨアアアアァァァァァァッ!!」
『ブレス!?』
こちらに向かって大量の白いものを吐き出した。
菫キパの吐き出したそれは素早くはなかったが、上方向も含めて拡散していく。
それはよく見れば、真っ白な羽毛だった。
『あー……攻撃用ではないのか。流石に部屋全域への攻撃をチュートリアルでやるのはやらなかったのか』
触れてもダメージはなかった。
だが、大量の油分を含んでいるらしく、非常にべたつく。
この羽毛が敷き詰められた状態で動き回ったら……羽毛の動きで潜伏場所は直ぐにバレるし、羽毛の油で転びやすくもなりそうだ。
それと、この状況で何かしらの方法によって火を起こした場合、一気に燃え上がりそうな気配があるが……。
「ピイイィィヨオォォ……」
『トビィ。トビィの今のゴーレムは拳同士を打ち合わせたりしても火花は出ないので安心してください』
『そうか。嬉しいが悲しいな』
どうやら菫キパにもこちらにも着火手段はないようだ。
菫キパは頭をしきりに振りながら巡回を始めているし、ティガからは大丈夫だという言葉が来た。
『じゃ、殴るか。この羽毛のおかげで攻略方法は見えたしな』
『ブブ……。逃げないのですか』
『逃げねえよ。さっきも言ったとおりだ』
俺は菫キパの横合いから近づいていく。
この状態と菫キパの動きから、密かに近づくことは不可能だからだ。
「ピヨッ!」
当然、菫キパは直ぐに俺に気づき、真正面から捉えるべく、自分の吐き出した羽毛が敷き詰められた地面を前足で強く踏みしめながら、後ろ足を移動させようとする。
また、それに併せて、俺を近づけさせないようにするべく、棍棒を横薙ぎに振るおうとする。
『此処だ!』
『!?』
そう来ると思っていた。
だから俺はローリングではなくスライディングで、地面を蹴って転がるのではなく油によって滑る。
姿勢を低くすることで、俺の上半身を打ち砕くような軌道で振られていた棍棒を避けて、菫キパの懐へと入り込む。
「ピッ……」
『聞こえてないだろうが、いい事を教えてやるよ、菫キパ。地面を踏みしめるって行為はそれだけ自分の体を押し潰して、衝撃に対する余裕をなくしているって事だ。つまり……』
そうして菫キパの懐に入り込んだ俺は、菫キパの指先が目の前にまで来たところで、勢いそのままに僅かに体を浮かせて……。
「ビギイィィ!?」
踏みつけた!
『そこで上から押し潰されると、無茶苦茶痛いんだよ。それこそ悶絶するくらいにな』
「ビ……ビビョ……ピギョ……」
俺の攻撃によって菫キパは悶絶し、ダウン状態と言うほどではないが、動きが止まっている。
これはチャンスだ。
この間にシールドゲージを削らせてもらうとしよう。
俺は菫キパの脚を蹴って加速しつつ、さらにスライディング。
『トビィ。何をする気ですか?』
『羽毛に覆われていない部分なら攻撃は通用する。さて、生物の体の中で確実に羽毛に覆われていなくて、なおかつ地上に居る俺からでも手が届く場所と言ったらどこだろうなぁ?』
『まさか……!?』
たどり着いた場所は菫キパのお尻の前。
目標は俺の視界にきちんと収まっている。
俺は右腕に力を込め、右手を少しだけ開き、両足を踏みしめる。
『喰らえ……』
『!?』
「!?」
ゴーレムの全身の関節を適切に回して、全力右ストレートを放つ。
俺の右手は羽毛に隠された穴へとたどり着き、その門をぶち破る。
鉤爪が食い込み、手首の回転によって傷つけつつ俺の手の内へと手繰り寄せ、俺の手の中にそれがしっかりと収まる。
『モツ抜き一丁!』
「ーーーーーーーーーー!!!!??」
そして俺はそれを……菫キパの内臓を突っ込むときの逆運動でもって、勢いよく引き抜く。
『な、な、な……』
『はっはあぁ! 内臓まできちんと作られているゲームはこういう事が出来るから素晴らしいんだぜぇ!!』
「ーーー……」
菫キパは肛門から腸が出たまま痙攣している。
頭上にあったシールドゲージは消失している。
どうやら、内臓攻撃は最初の一撃よりもよほど効率よく菫キパのシールドを削れたらしい。
だが、菫キパはまだ死んではいない。
だから俺は菫キパの正面、大きく見開かれている瞳の前へと移動し、再び右手に力を込める。
「ビ……ピ……」
『恐怖しているな。だが悪いな。俺は……怯えている奴を殴るのも、それはそれで好きなんだ』
全力の右ストレート。
「ーーーーーー!?」
俺の右手は菫キパの瞳を貫き、その奥にある脳を破壊し、菫キパを絶命させた。
≪設計図:特殊弾『軽量弾』を回収しました≫
『特殊弾?』
『……。後で説明するので、今は脱出しましょう。トビィ』
『分かった』
菫キパの体と大量の羽毛が消失していく。
その巨体に見合うだけの演出なのか、その光景はまるで大量の雪が風で巻き上げられて、ゆっくりと降り積もるかのようだった。