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愛なんて、知らない。

「──」


目を見開いた。



(……確かに、私には稀人としての力がある)



セミュエル国に春を訪れさせるだけではない。

稀人としての、力が。



春夏秋冬を司る各稀人は、それぞれの神秘を操る。

ほかの季節を司る稀人が、どういった神秘を使うかは知らされていない。


だけど王家は、把握しているはずだ。



「お待ちください!おひとりでは危険です……!」



「王太子殿下、アマレッタ様とどうかご一緒に……!」



私兵がセドリック様を制止しようとするが、彼はそれを振り払って部屋を出ていってしまった。


サロンに残されたのは、私ひとり。



私兵の視線が突き刺さる。

不憫だと思っている顔だ。



私は、ひとの思考を読むことは出来ないけど今、彼らが何を考えているかくらいはわかる気がした。

およそ、エミリアを優先されて可哀想だと思っているのだろう。一瞬、彼らは気まずそうに私を見ていたが、そんな場合ではないことに気がついたのか私を呼んだ。



「ア……アマレッタ様も!早く逃げましょう!」



「ええ。そうね」



前までの私なら、彼らの視線をそのまま受け止めて、きっと矜恃を保つために『これくらい何ともない』と言った態度を装ったことだろう。だけどもう、そんなことをするつもりもなかった。


静かに頷いた私を見て、『よほど気にされてるのだろうか……』と言わんばかりの視線が向けられる。


それには少し苦笑したが、もうセドリック様とエミリアは、私には関係の無いこと。


サロンを出ると、既に廊下は炎に包まれつつあった。



(思ったより火の回りが早い……!)



手で口元を覆って、前世の記憶から姿勢を低くしてなるべく、煙を吸わないように努めた。私兵の彼らは、私のそんな様子を訝しげに見ていたが、彼らにも腰を低くするように命じた。

今、酸素だの、一酸化炭素だの、説明している余裕はない。


この国は、そんなに科学が発展していないのだ。


前世の世界──私が生まれ育った日本なら。

誰もが知る気体も、この世界ではそんなに知名度がない。

そもそも、教育を受けるのは貴族か、あるいは金のある商家だけだからだ。



煙が目にしみる。

いつの間に、こんなに火の手が回ったのだろう。



(さっきの爆発が追い打ちになったのかしら……)



裏口に向かいながら、私は私兵に尋ねた。


「お父様にお母様、エリックは?」


エリック──私の、弟の名前。

尋ねられると、私兵は口をまごつかせ、返答に困った様子だった。



(……?まさか)



嫌な想像が頭を掠める。

だけど、彼の答えは私の想像を裏切るものだった。



「公爵ご夫妻は……既に、避難されております。エリック様もご一緒です」


「──そう」


なぜ、彼らが言いにくそうにしていたのか、瞬時に理解する。



(お父様は……お母様は)



襲撃を受けてすぐ、邸を離れたのだろう。

例え、私がここにひとり残っている、と知っていても。


もちろん、頭では理解している。

合流して避難するよりも、各々動いた方が早いし、安全だ。


だけど私兵の彼が言い淀んだ、ということは──。



彼らは、私のことなど気にせず、すぐに避難した、ということだろう。



(……分かってはいるの。分かっては、いたの)



家族の愛なんて、知らない。

家族の愛なんて、もらったことがない。


それでも、どうしてかしら?


胸がまだ、少しだけ、苦しいの。


……悲しいの。


愛して、欲しかった?


心配する素振りでいいの。


気にして、欲しかった?



「…………」



目に、煙が染みたようだ。

私は私兵の彼に気づかれないよう気をつけながらも、目元を拭った。



「お父様たちはご無事なのね。何よりだわ」



「アマレッタ様……」



「裏口はもうすぐね。早く出ましょう。このままだと、邸は崩れるわ。倒壊に巻き込まれたら、私たちも危ない」



「アマレッタ様!!」


その時、突然後ろから腕を掴まれた。


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