預言者と守り人
その日──オリビアが公爵から引き取られた後。
サミュエルはその足で王の元に向かうと、ある許可を貰いに行った。
王は、だいぶ渋っていたものの最後には息子の判断を尊重した。
「……仕方ないな。確かに、お前の言う通りでもある。ただし、手荒な真似はしないように」
王は、是、と言ったが、それだけではなかった。
「いいか、サミュエル。お前が彼女をいたく気にしていることは私も理解しておる。しかし、今の彼女は何も持たぬ平民。それを、ゆめゆめ忘れるな」
王は念を押すように言った。
それは、サミュエルも理解している。
理解した上で、彼は私情を優先することを選んだのだ。
王の言うことは正しく、もっともだ。
王の許しを得たサミュエルが城を出ようとすると、待ち構えていたように彼の兄が、回廊に立っていた。
リアムは、壁に背を預け、弟が通りかかるのを待っていたのだ。
サミュエルに気付いた彼は薄く目を開けると、にこりと微笑んだ。
「やあ、こんな時間に散歩かい」
散歩、というには時間が遅すぎるし、なにしろこの天気だ。リアムはわかっていて聞いている。
それを悟ったサミュエルは、自分と似た顔立ちでありながら纏う雰囲気がまったく別の、兄を見た。
「父上から聞いているのでしょう」
「まあね。遅かれ早かれ、こうなるとは思っていた。ただ、お前が強引な方法をとるとは思わなかったな」
「本来なら、兄上の仕事では?」
「私?オリビアはお前の婚約者になりたがっているのに?」
「…………」
これ以上の問答は時間の無駄だ。
そう判断したサミュエルはため息を吐くと話を切り上げるように兄に言った。
「何のご用件ですか」
「用、という用もないのだけれど」
「それならもういいでしょうか。兄上もご存知の通り、私は少し長めの散歩に出ますので」
「まあ、まあ。お前の選択を支持し、父に進言したのは私だよ。時間は取らせないから、少し私の話を聞きなさい」
「……何でしょうか」
サミュエルは僅かに苛立ちを含んだ、剣呑な声で返した。それに、リアムは苦笑する。
まだ若い。
因果な生まれをした弟は、預言者としての責務を背負わされ、幼い頃から苦労した。
見なくてもいいものを見、知らなくてもいい事実を知り。
残虐な光景も、哀れな光景も、苦しみを覚える光景も、幼い頃から何度となく見てきた。
そのことを、リアムはずっと気にしてきた。逃れられない運命。切り離せない呪縛。
それは、生まれながらに背負った十字架のように見えて。
なぜ、弟がその責務を背負ったのか。
預言者の役目は、自分が負うのではいけなかったのか。
幼い頃から責務に従事し、その予言で見たものに苦しみ。時には食事すらとれなくなり、衰弱する弟を彼は見てきた。
リアムは、静かに弟を見つめた。
「お前の、アマレッタに対する感情は、何?」
「……なぜそれを、兄上に言わなければならないのです?」
サミュエルは淡々と答えた。
それに、リアムは困ったように笑んだ。
なぜ、と聞かれたら。
弟を案じる兄の気持ちゆえ、としか言いようがない。
だけどこの弟は、心配されることをことさら嫌う。
だから、あえてリアムはこう言った。
「お前のそれが同情から来るものであるのなら、私は賛成できないな。傷を舐め合う関係はいずれ、破綻する。お互いが苦しむだけだ」