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大雨の冬の夜

そこまで言われたら、断る理由もない。

いきすぎた謙遜は、失礼にあたる。


「ありがとうございます。お心遣い、感謝します」


そして、私とサミュエル殿下、リディア王女殿下は近衛の詰所へと向かった。

リディア王女殿下と親しい近衛騎士が夜番のひとりだったらしい。

彼女は彼に小言を言われながら自室へと戻っていく。

ふたりの姿が、ランタンの灯りに照らされ、その影が長く伸びる。


「いいですか、王女殿下。決してひとりで部屋を出てはなりません!しかも、夜に!」


「分かっているわ。今回だけよ」


「ほんとうですね?その言葉を違えてはなりませんよ」


「わかったわ。わかったから!」


ふたりの声は、だんだん遠くなっていく。

お転婆な姫に手を焼く騎士。

そんなふたりが、微笑ましい。

彼らを見送ってから、私はサミュエル殿下に声をかけた。


「とても、可愛らしい方ですね」


サミュエル殿下も、私も、そしてリディア王女殿下も灯りの類を所持していなかったので、近衛の詰所で手燭台をお借りした。

サミュエル殿下はそれを持ちながら、私に尋ねる。


「リディア?」


「はい。……我が国には、王女殿下はいらっしゃいませんから。新鮮でした」


「そっか。セミュエルには王太子しかいなかったね」


そんな世間話をしながら、夜の回廊を歩いていく。びゅう、と一段と風が強くなる。

雨がまた降り始め、それはすぐに大雨になった。


「間一髪だったね」


サミュエル殿下に言われ、頷いて答える。

それから、私はずっと聞こうか聞くまいか考えていたことを口にした。


「……サミュエル殿下は、外出されていたのですか?」


言外に【この荒れた天候の中?】という意味を乗せて尋ねれば、サミュエル殿下が私を見た。


「……少しね。川が荒れそうだったから、報告を聞きに行っていたんだ。氾濫したらまずいからね」


「確かに……。この雨は、明後日には止むのですよね?ほんとうに、よく降ってますね……」


思わず、廊下の窓から外を見てしまう。

先程まで雨はやんでいたのに、今はもう土砂降りだ。少しタイミングがズレていたら、私もリディア王女もずぶ濡れになっていたことだろう。


それを思うと、早くにリディア王女を見つけて良かった、と思う。


そんなことを考えていると、サミュエル殿下に呼ばれた。


「アマレッタ」


「はい?」


「先程は、ほんとうにすまなかった」


「先程、ですか?」


「オリビアの件だよ」


「ああ」


リディア王女のことがあって、すっかり記憶が薄れていた。今日は、色々ありすぎて目まぐるしい。

私が思い出すように声を出すと、サミュエル殿下が淡々と言った。

まるで、報告するかのように。


「オリビアは、婚約が決まったそうだよ」


「…………えっ!?」


さっきの今だ。

どうしてそんなすぐ──そう思って。

まさか、と私はとある予感が胸を過った。

そして、それは当たっているような気がした。


「もしかして……そのために外出されたのですか!?」


「しー」


サミュエル殿下が、口元に人差し指を押し当てた。それに、ハッとする。

もう、ひとが寝静まっている夜だ。

大雨で多少の声はかき消されるとはいえ、大声を出したら誰かに気付かれてしまうし、起こしてしまうかもしれない。

口を噤んだ私を見て、困ったように彼が笑う。


「いや、違うよ。公爵から報告を受けたんだ。彼も彼女にはほとほと手を焼いていたようだから……強硬手段に出ることにした、と。……アマレッタ」


また、名を呼ばれた。


顔を上げると、彼の指が私の頬にそっと触れた。


「っ……」


ピリ、とした痛みが走る。

オリビアに引っかかれ、怪我をした部分だった。

軟膏を塗っているとはいえ、触れると引き攣れた痛みが走る。

思わず顔を歪めると、パッと熱いものに触れたかのようにサミュエル殿下が手を引っこめた。


「すまない。勝手に触れてしまった」


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