炎とは相性が悪い
王女殿下には気付かれないよう枝を動かして、手が届く位置までショールが引っかかった枝を下げる。
そして、私はその枝に手を伸ばすと。
(よし、取れたわ……!)
薄手のショールを掴むと、そのまま、また彼女の元に戻る。王女殿下は、私の手にしているショールを見ると、目を丸くした。
「わぁ!すごいわ。あなた、どうやって取ったの?すごい高いところにあったのに」
「風が吹いて、落ちてきたんです」
嘘だが、私の神秘は明かせない。
私の神秘の説明をしたら、セミュエル国の話まで自然、しなければならない。
王女殿下は驚きに目を見開いていたが、目当てのものが手元に戻ったことでその経緯はどうでも良くなったのだろう。
彼女はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。あなた、お名前は?」
「私は──」
「リディア!」
と、その時。
庭園に第三者の声が聞こえ、私と彼女は驚きに肩が跳ねた。
こんな時間だ。まさか、ひとがいるとは思わなかったし、それにこの声は。
「お兄様……」
残念そうに王女殿下がその名を呼ぶ。
庭園の入口である回廊には、彼女の兄であるサミュエル殿下がいた。
彼も私たち同様、驚いたようで目を見開いている。
だけどすぐにその顔を険しくし、無言でこちらに歩いてきた。
リディア──それは、王女殿下の名前だろうか。
王女が、こんな時間なのに部屋を抜け出すなんてふつうはありえないことである。彼女もその自覚はあるようで、バツの悪そうに顔をサミュエル殿下から背けていた。
「アマレッタ。こんな時間にどうして部屋を出てるんだ?侍女は知っている?」
そして、サミュエル殿下は私と同じ質問を彼女にした。
やっぱり、気になるのはそこよね……。
そこで私は、サミュエル殿下が旅装姿であることに気がついた。
天気が崩れると言ったのに……どこか行ってきたのだろうか。
サミュエル殿下はリディア王女を見、それから私を見た。
「一時的に雨が止んでいるとはいえ……この風だ。いつまた雨が降ってくるかもわからない。とりあえず、回廊に戻ろう」
私は、サミュエル殿下の言葉に頷いた。
確かに風が強い。
オリビアが公爵によって引き取られた後。
サミュエル殿下が言っていた通り天候が荒れ始めた。
しかし、少し前に雨は止み、今は風が少し強いだけだ。
この風の強さのせいで、王女殿下のショールも飛ばされてしまったのだろう。
回廊に辿り着くまでの間、サミュエル殿下は淡々とリディア王女を諭していた。
城内であろうと、ひとりで行動するのは良くないことだ。次からは必ず侍女と騎士を伴いなさい。
そんな注意を受けながらもリディア王女はひたすら頷いていた。
咎められる彼女は気の毒だが、しかし危機感を持つのは大事なことだ。
私は、ふたりの会話を静かに聞いていた。
その小言はきっと、リディア王女殿下が部屋に戻るまで続くだろう。
そう思い、私は彼らの会話が途切れたタイミングでサミュエル殿下に言った。
「私は部屋に戻りますね。おやすみなさい、サミュエル殿下。リディア王女殿下」
私なら、たとえ誰かに襲われようとも自身の神秘で対抗できるので、ひとりで問題ない。
私の所有する神秘は、植物を操る能力。
つまり、炎とはもっとも相性が悪いのだ。
バートリー公爵邸で使うことを躊躇ったのは、これが理由だった。
あのタイミングで私の神秘を使うのは、火に油を注ぐようなもの。
文字通り、炎に薪をくべることとなる。
ほかの三人──サイモン様、スカーレット様、セドリック様が所有する神秘はわからない。
稀人同士であっても、神秘を尋ねるのは暗黙の了解で禁止とされていたためだ。
私が彼らに挨拶をすると、サミュエル殿下が私に言った。
「待って。部屋まで送る」
「え?ですが、リディア王女殿下──」
「リディアは騎士に送らせるよ。少し先に、近衛の詰所があるんだ。アマレッタ、申し訳ないんだけど、そこまで一緒に来てもらえるかな」
「それは構いませんが……。私は、ひとりでも大丈夫ですよ?ほら、力がありますし」
リディア王女殿下の手前、そう濁すと、サミュエル殿下が苦笑した。
「それでも。心配なんだ」