狙いは王太子妃
「えっ?」
彼が、恨みがましい目で私を見てきた。
こんな場合ではないのに、こんな悠長に話している場合では無いのに。私は何をしているのだろう。そんな考えが頭をよぎる。
サミュエル殿下は私を見るとおおきくため息を吐いた。
そして、がしがしと頭を掻き、長い髪を乱した。
「オリビアは思い込みが激しいんだ。やることなすこと激しい。話し合いは何度となく行ったけれど、泣くか喚くかの二択で話にならない」
「それは……」
思ったより重症だ。
彼の言葉が真実なら、オリビアは貴族令嬢云々の前に、ひととしてまずい類なのかもしれない。
(前の世で言うと、えーと、えーと……!そうだわ。やばいメンヘラ……!)
しかも情緒不安定。
いつ犯罪を犯してもおかしくないような危うさを感じる。そんなことを考えていると、サミュエル殿下が彼女の説明を続けた。
「もし仮に、彼女が俺の妻になったところであの性格じゃ無理だ。数日で結婚生活は破綻し誰も幸せにならない。そういうわけで、早々に彼女は別の男と結婚させるべきだと公爵が婚約をまとめてはいるんだけど」
「彼女が拒否しているのですね……」
「そういうわけで、にっちもさっちも、というのが現状。王家も婚約絡みよりも約定の千年の方が大事だ。そういう理由もあって、今は放置……いや、保留されている」
放置って言った。
つまり、オリビア関連は厄介だし時間もかかるしで、それよりも重大懸念事項である約定の千年に本腰を入れたい、というわけか。
納得した。
「それでも……サミュエル殿下が引導を渡すべきだと思います」
「幼なじみだから?」
「それは」
その単語に、思わず息を呑む。
……図星だったからだ。
私はきっと、オリビアを第二の自分のように見てしまっている。
セドリック様と、私。婚約関係にありながら、私たちの関係は破綻していた。
それが、サミュエル殿下とオリビアの関係に似ている、ように思えてしまって──。
だから、こんなにも介入してしまうのだ。押し付けがましいお節介だと分かっていても、口を出してしまう。
黙り込んだ私に、サミュエル殿下が言った。
「彼女は、きみではない」
「そう、ですね」
「別の人間だ。それに、関係も違うよ。俺はオリビアと婚約していた事実は無いし、恋人の平民女性もいない」
「…………」
「オリビアときみは、似ても似つかない。まったく違う。……彼女ときみは、別の人間だ」
「……ごめんなさい。差し出がましいことを。私は部外者で、あなたに助けられてこの国に来たというのに」
謝ると、サミュエル殿下はいや、と首を横に振った。
「きみに言われて、その通りだと思ったよ。面倒だと思うことこそ、早急に片付けなければならないのにね。……彼女は公爵が引き取りに来るはずだ。オリビアには謹慎を命ずるよ」
「……サミュエル殿下は、ほんとうにオリビア様には何も?」
何と、答えて欲しかったのだろう。
分からないながら、尋ねてしまった。
私が聞くと、彼は少し驚いたように瞠目したあと、苦笑した。
「……ああ。昔から馬が合わない。そもそも、昔は彼女、俺じゃなくて兄が好きだったんだよ」
「…………えっ!?」
サミュエル殿下ではなく、リアム殿下を!?
ぱっと、先程会ったばかりの王太子の姿を思い出す。
いけない、頭が混乱してきた。
ええと、今現在、オリビアの想い人はサミュエル殿下で、だけど昔はリアム殿下を好きだった……??
疑問符を飛ばしまくる私を見て、彼が苦笑した。
「元々彼女は王太子妃希望だ。だけど兄に婚約者ができて望み薄だと悟ったんだろう。それで俺に……といった具合だ。だから、きみとは何もかもが違うんだよ」
「それは……えええ?ほんとうに?いえ、疑っているわけではないのですけど。あまりに信じられなくて。そんなの、都合が良すぎるんじゃあ……」
つい、本音を漏らす。
私の忌憚ない感想にサミュエル殿下が笑う。困ったように、慣れたように。
「うん、まあ。そういうのもあって取り合わなかったんだ。彼女と結婚なんかしたら、兄の婚約者に張り合うに決まっている」
「それは……。確かに」
彼女の性格を考え、頷いて答えた。
なかなかどうして、クリム・クライムもたいへんなようだ。
サミュエル殿下が言った通り、オリビアは父親である公爵に引き取られて行った。ずいぶん遅い時間帯だったが、身柄を拘束されて一夜を明かすという不名誉は被りたくなかったようだ。