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あなたは何を、しているのですか?

「え──」


動揺したが、すぐに慣れた笑みを貼り付ける。社交用の微笑みだ。


「いいえ。私は、北部出身の村人です」


セミュエル国の貴族の娘であったこと。

オリビアにだけは知られてはならない。

そう感じて、咄嗟にごまかした。


「そうよね。見るからに愚鈍そうな雰囲気だし」


「…………」


早く、出ていってくれないかしら……。

場が持たない。沈黙が漂い、彼女とて気まずく感じているはずなのに、彼女はまるでそんな様子は見せず、変わらず私を見つめている。

いや、検分している、といった方が正しい。とにかく、居心地が悪い。


「さっきはごめんなさいね。つい、カッとなってしまって」


「ええ。……いえ」


頷きかけて、否定しておく。

これでまた激昂されたら宥めるのも手間だ。

少し考えてから、私は彼女に尋ねた。


「オリビア様は、王子殿下と昔からのお付き合いなのですか?」


サミュエル殿下の名を出したらそれだけで感情的になりそうだったので、あえて濁した言い方をする。

彼女は扇を広げ、にっこりと微笑んでみせた。どうやら、気分は害していないようだ。


「ええ。幼なじみですの」


(幼なじみ……)


私と、セドリック様もいわゆる幼なじみ、という関係なのだろう。

サミュエル殿下に強い執着を見せるオリビア。

セドリック様に恋をし、その恋に敗れたアマレッタ(わたし)

私と彼女は、どこか似ている。


ふと、思う。

いや、似ているどころではない。


オリビアは、物語の中のアマレッタにそっくりだ。さすがにここまで苛烈ではなかったが、エミリアに嫉妬し、彼女を害した私によく似ている。

そこまで考えて、今のこの状況は物語の構図と類似しいることにも気がついた。


アマレッタの役割(ポジション)は、オリビア。

エミリアの役割(ポジション)は、私。

セドリック様の役割(ポジション)は、サミュエル殿下。


私はサミュエル殿下の恋人でもなんでもないが、傍目から見たら私はエミリアの立場に近しい。何とも言えない感情を抱いた。


メイドが入室し、湯の入ったポッドと茶壺。

シュガーポット、はちみつ瓶に桃色のシロップが入った瓶、といくつか並べていく。

そのまま、彼女がお茶を入れるのかと思いきや、彼女は頭を下げて壁際まで下がった。


オリビアが、挑むように私を見る。


「私にお茶を入れてみせなさい」


「私がですか?」


「お前以外に誰がいるのよ。早くなさい」


「──………出来ません」


悩んだのは、僅かな間。

私は、顔を伏せて断った。

彼女の細い眉が不快感を示すように寄せられる。


「あいにく教養がありません」


実際、私は他人にお茶を入れたことなどない。

自分で入れて飲んだ試しはあるけれど、メイドには敵わない。

それに──。

彼女にお茶を入れて、毒を入れられた、なんて言いがかりをつけられても、困る。そう思っての言葉だったが、彼女はにっこりと楽しげに笑って言った。


「構いません。どんな粗茶であろうとも、許すわ」


(いや、そういうことじゃなくて)


何としてでも私にお茶を入れさせようとするところも怪しい。

私はオリビアに対し気を緩めるつもりは一切なかった。ここは異国で、この国で私は平民だ。警戒しすぎるくらいが、ちょうどいい、と思う。


「出来ません。お話はそれだけですか?」


「な──何よ、偉そうに!!こちらが下手に出れば調子に乗って!」


結果、彼女は激昂した。

今まで気を使って話していたのが無駄になってしまったな、と思ったが怒って退室してくれるならそちらの方がいい。

今、この時もセミュエルでは戦闘が行われているのかもしれないのだから。


「っ……なに、その目!平民のくせに、私を馬鹿にしてるわね」


「……平民のくせに、とあなたは仰いますけれど。あなたが貴族として尊重されるのは、民がいるからだとご存知ですか?」


「なんですって?」


気位の高い、公爵家の令嬢。

今の私は、何も持たない平民だ。だから、本来は口を噤むべきなのだと思う。

それでも──同じ地位にあったものとして、彼女の態度には苦言を呈したくなってしまう。


自分より立場の下の人間は自分に傅いて、尊重するべきだ、と言わんばかりの彼女を見て。その在り方には、首を傾げたくなる。


思うことがあっても、それを隠すのが大人で、社会の常なのだろう。

前の世でもそうだった。言わなくてもいいことをいちいち口に出す必要は無い。


だけど、言わなければ相手に伝わらない。


言わなかったから、伝わらなかった。

抗議しなかったから、私のこころは無いものにされた。無視された。


もう、言わずにいて後で後悔するのは嫌だ。

私は、オリビアを見つめた。


「私は、あなたとサミュエル殿下の関係に口を挟むつもりはありません。私には、関係の無いお話ですから。……それでも。あなたがクリム・クライムの王子妃になるのは、嫌だなと思います」


「なっ……!!」


オリビアは顔を真っ赤に染め上げた。

それでも、私は口をとめなかった。



「あなたは、何を(・・)、しているのですか?」



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