公爵家の令嬢
あの後、リアム殿下が手配した医師が訪れて、怪我の手当をしてもらった。
オリビアの爪は凶器だ。
頬に赤い線が入り──ミミズ脹れとなってしまったので化膿しないように軟膏だけいただいた。
私室に戻った私は、ライティングデスクの前に座り、思案した。
封印石は、どこにあるのだろう。
王族が守るものだから、おそらく王城?
いや、大事なものだからこそ、手元には置かないかもしれない。となると、どこか──辺境の地の砦?砦なら守りは固いし、奪い取られることもない。
サミュエル殿下は、城内を探索したが見つけ出せなかったと言っていた。
私はペン立てにかけられた羽根ペンを手に取ると、羊皮紙にペン先を躍らせた。
記憶にあるセミュエルの城の地図を書き起こす。
「宝物庫の位置が、おそらくこの辺……。王家の専用区域が、ここからだから……」
記憶を辿り、封印石があるとしたらここ……とあたりをむける。しかし、封印石の大きさも色も全く分からないのだ。知らないものを探すのはハードルが高い。
溜息を吐いた時、扉がノックされた。
私は客人ではあるものの、平民という扱いなので室内にメイドは控えていない。
席から立って扉を開くと、そこには無表情のメイドがいた。
「オリビア様がお越しです」
ええ……?
またぁ……?
正直、会いたいと思わなかった。
こちらにはこちらの事情がある。彼女がサミュエル殿下を想っているのだとしても、あと二日で私はここを発つのだ。彼らの関係に割って入ろうという気は全くもってないので、放っておいてほしかった。
そう答えようとしたけれどそれより先に、相手が登場した。
「ごめんあそばせ。少しよろしいかしら」
だめです。
また扇で叩かれては堪らないので、警戒しつつ距離をとる。鮮やかな紅茶色の髪をハーフアップにまとめ、大小様々な宝石を縫いつけたリボンで髪をまとめている。
爛々と光る赤の瞳と合わさり、とてもきれいなひとだ。きれいなひと、ではあるのだけど。
「申し訳ありません。今立て込んでおります」
断ると、彼女の顔が歪む。
まさか断られるとは思ってもみなかった。そんな顔である。
このままではまたなにか叫ばれそうなので返事を待つことなく──失礼ではあるけれど、相手が相手なので、仕方ない。
また兵を呼ばれては困る。
そういう判断の元、扉を閉めようとすれば逆にグワッとそれが開いた。
かなりの力で押し開かれてたたらをふむ。
見れば、オリビアが自ら扉を押し開けていた。
「私の用事より優先する事柄って何かしら!?いいから、入れなさいよ!!」
「えっ、ちょ──」
慌ててそばに立つメイドに視線を向ける。彼女は変わらず無表情である。
オリビアの横暴には慣れているのかもしれない。
オリビアは部屋に入ってすぐ、ライティングデスクに視線を向けた。
まずい、ライティングデスクの上に置かれた羊皮紙はそのままだ。セミュエル城の地図、とわざわざ記名していないものの城の間取りを書いていることは見ればわかるだろう。
止める間もなく、オリビアはそれを破り取った。
「まあ、まあ、まあ!まさか、王城の地図を書いておりますの!?なんて不敬なの!!」
──とはいえ、まさか彼女もセミュエル城のものとは思わなかったようだ。
行動の読めないオリビアだ。知られたらめんどうなことになるに決まっている。
できるだけ彼女とは関わりたくないのだが、彼女の方から接触してくるのだから仕方ない。
ふと、サミュエル殿下は彼女とどう接しているのか、それが気になった。
きれいなひとではある。
あるのだけど、性格の苛烈さがその印象を上回っている。サミュエル殿下は、平民の女性たちとも親しげに話し、分け隔てなく親切なひとだと思う。
オリビアには──どうかな。
「まったく、なんて恥のない!これは私が責任を持って破棄しておきますから!」
(え、困るわ……)
せっかく記したのに。
そう思ったがまた書けばいいだけの話だ。まずは今、彼女に退室してもらうことが先決だ。
オリビアはメイドを呼ぶと、ティーセットの準備を言付ける。
(……まだ、帰ってはもらえなさそう)
オリビアは私の対面のソファに腰掛けると、目を眇めて私を見た。
「あなた、貴族の血をひいてる?」