愛だの恋だの、もう懲り懲り
「え……」
彼の意図が分からず困惑する。
リアム殿下は、そんな私を見ると苦笑した。
「すまない。言い方が、良くなかったかな。あなたが春を司る稀人であることをやめられないように、弟も預言者であることはやめないだろう。私にとってそれは、もはや呪縛のように思えてしまって──」
彼は、そこで言葉を区切った。
悩むようにしながら、続きを口にした。
「そうだな。弟は、幸せなのか、と思うんだ。国の命運を背負わされて、国のために生きろと言われて。まるで、国に縛り付けるための十字架のようだ」
「それは──。サミュエル殿下には尋ねられたのですか?」
聞くと、リアム殿下は首を横に振って答えた。
そうだろう。部外者に聞くくらいなのだから。
「弟は、決してそんなものではない、と言うだろうね。彼はそういう人間だ」
「殿下は……リアム殿下は、どうなのです?」
「私?」
彼は、少し驚いたように目を見開いた。
それに、私は頷いて答えた。
「あなたには、国を守る責務がある。あなたもまた、責務に囚われている身、と言えるのではないでしょうか」
王家に生まれた以上、貴族家に生まれた以上、少なからず責務は発するものだ。
多かれ、少なかれ。
「──そうだね。考えたことは無かったな。私は、この国に生まれ、この地に根ざし、やがてこの国、クリム・クライムの土に還る。それは定められたことで、それをどうこう、思ったことはなかった」
「……サミュエル殿下も、同じなのではないでしょうか」
ぽつり、呟いた。
答えなど分からない。分かるはずがない。
私はサミュエル殿下では無いのだから。
確かに私とサミュエル殿下には、生まれた時から課せられた定めというものがある。
私は、春を司る稀人として。
サミュエル殿下は、サミュエルの名を冠する預言者として、約定の千年を果たすという責務を持っている。
だけど、私たちはそれぞれ別の人間だ。
私がこう思っているから彼もこう、とは一概には言えない。
ちら、とリアム殿下を見る。
彼は、私の言葉によっぽど驚いたのだろう。
何度も瞬きを繰り返している。
「そう──そうなのだろうか」
「断言はできませんが、あなたがそう思われているのなら、彼もそうなのでは?私は……」
そこで、少し考えた。
私は、どうだろう?と。
答えは、すぐに出た。
「殿下のように、私もまた、それに疑問を抱いたことはなかった。そして今、国から逃れ、この地に辿り着いて思うことは」
ふと、短くなった髪が、首元をくすぐる。
オリビアが言った通り、この髪の短さは貴族令嬢としては有り得ないものだ。貴族の娘としての私は、死んだ。
それでも、春を司る稀人をやめることはできない。
私は、生まれながらの稀人だからこそ。
「私に課せられた使命があるのなら、それを果たしたい。そう思うだけです。呪縛、なのかもしれません。私を縛り付ける楔で、生まれながらに背負わされた重荷なのかも。それでも、私はそうしたいと思う。私の意思で。なにかに強制されたものではなく」
私の言葉を聞いて、リアム殿下は天井を仰いだ。どこか、その目元には疲労が見て取れた。
「……まったく、私たちはとんでもない使命をそれぞれに背負わされたね」
その言い方が、うんざりとしたものだったので思わず笑ってしまう。くすくす笑っていると、彼が眉尻を下げ、笑みを浮かべた。
「セミュエルという国は最初、最初の稀人サミュエルの名を取って、セント・サミュエルと呼ばれていた。それは知っている?」
「……はい。サミュエル殿下が教えてくださいました」
「そう。それで、前代の預言者──ああ、前代は女性だったんだ」
そこで初めて、私は女性の預言者をプロファティス、男性の預言者をプロフェッターと呼ぶのだと知った。
「約定の千年が訪れると、予言した。そして、それを果たすのは次の代の預言者だ、ともね。そういう経緯があり、弟はサミュエルと名付けられた」
リアム殿下は、そこで言葉を切った。
隣に並んで立つ私を見て、彼が続きの言葉を口にした。
「私は、きみが弟の花嫁となってくれたら嬉しいんだけどね」
数秒、遅れてようやく意味を理解する。
「…………っは?」
間の抜けた声を出すと、リアム殿下はくっと笑った。その様子を見るに、冗談だったようだ。それに、内心胸を撫で下ろす。
今は、自身の恋愛より優先することがある。それに、正直そういったものとは距離を置きたかった。
「お戯れを。先程オリビア様が言っていたではありませんか。私はもう、家名を捨てたただのアマレッタですよ?平民が王族の正妻になるなど、外聞がよくありません」
ふと、エミリアのことを思い出す。
僅かな苦々しさが込み上げて、私はこの話はそれでおしまいと言わんばかりに、彼に言う。
「貴族を捨てた私が、ふたたび社交界に戻るわけにはいきません。それに今は、そんな場合でもないのです。クリム・クライムにとっても、約定の千年が目下いちばんの最優先懸念事項でしょう?」
「それはそうだけど。父も、その気だとは思うんだけどね。あなたを、国に招いたのだから」
独り言のように呟かれた彼の言葉は、不敬ながらも聞こえなかったことにさせてもらった。