戦闘準備
質問責めのようになってしまって、申し訳ない。それでも、今必要な情報だ。
私が、今後どうするか。それを判断するための、導となる。
サミュエル殿下は私の質問に驚いたように、一瞬瞠目した。
だけどすぐまつ毛を伏せ、考えを巡らせるように沈黙し──ぱ、と私を見た。
その瞳の力強さに、息を呑む。
「約定の千年が果たされなかった場合、クリム・クライムも、セミュエルという国も潰える。『国土が海に飲まれ灰燼に帰す』とされている。どこまでが真実かは分からない。約定の千年を必ず果たさなければ、と考えた当時の女王が偽りを後世に伝えた可能性だってある。だけど、真偽が分からない以上、俺たちは必死になる他ない」
「なるほど……。クリム・クライムの人々がセミュエルを嫌う理由が分かりました」
そもそも、クリム・クライム国の成り立ちが、セミュエル国を追放された正当な血筋を持つ王家の人間によって興された国。
さらには、セミュエルへの復讐を誓い、それが果たされなかった場合は、自国をも巻き込んで破滅する──そんなの、クリム・クライムの民からしたらとばっちりもいいところだ。
浜辺の町で出会った彼女たちがセミュエルに悪感情を抱くのも納得だった。
「では、約定の千年は必ず果たさなければなりませんね」
「そうだね。それが俺の使命であり、クリム・クライムの役目でもある。……だけど、アマレッタ」
彼は、そこで言葉を切った。
顔を上げる。彼は、静かな瞳をしていた。
彼のはちみつ色の瞳の中で、星が踊るように煌めいている。その瞳に魅入られている場合ではないのに、綺麗だな、と思った。
数秒間を空けて、サミュエル殿下は言った。
「きみはこの国にいてほしい。セミュエルには、行かないで」
「……どうして」
彼の声は、切実だった。
本心からそう思っているような、そんな声だった。
だからこそ、戸惑う。
私が困惑していると、彼はまた、落ち着いた声で続けた。
「きみは、一度あの国で処刑されている。たかが予知。だけど、されど予知でもあるんだ。予知は、いくつもある可能性の中の現実の世界。有り得た世界線なんだ。……きみが、セミュエルに行ってその命を奪われる。……そんな事態は起こしたくない」
「サミュエル殿下……」
私は、言葉に迷った。
彼が──どうしてか、私をすごく気遣ってくれていることは、知っている。
きっと、セミュエル国王城と三大公爵邸襲撃事件で、二度目の予知をした時。私が首謀者にまつりあげられて、そのまま処刑されてしまったこと。
それを、悔いている。
そこでの彼と私の関係は分からない。
だけど。
「あなたは……私にとても良くしてくれて、安全にも配慮してくれている。すごく、感謝しています。あなたに出会わなければ、私はセミュエルを出ることすら叶わなかった。本来は外部を一切拒むクリム・クライムに連れてきたことも。かなり、無理をされたのではないでしょうか」
「それは──」
「サミュエル殿下。私は、春を司る稀人です。セミュエルで生まれ、稀人として育てられた。私は、バートリーの名は捨てましたが──セミュエルの季節を司る稀人であることには、変わりません」
クリム・クライムは、外部からの干渉を一切拒否する、排他的な国家だ。
それなのに、彼は私を伴って帰国した。
王太子と国王以外には、私の出自は知らせていないようだけど──こういったものは、どこかから必ず、漏れるものだ。今は、良い。
だけど一年、十年と年数が重なるうちに、気付かれる。
そもそも私は、クリム・クライムについて知っていることが少なすぎる。
その知識量のうすさは、クリム・クライムで生まれ育った人間とは思えないだろう。
「私は、春を司る稀人として──責務を果たします。私が持つこの神秘も……きっと、役に立てるはず」
戦闘を前提とした神秘の使用など、今までしたことがない。
だけど、きっと力になれるはず。
私の宣言に、サミュエル殿下はほんの少し、驚いた様子だったけど──やがて、苦笑した。
「そうか。……そうだったな。きみは、そういう子だった」
知ったように言われると、少し居心地が悪い。
そういう子、ってどういう子なのだろう。
サミュエル殿下は、また窓の外に視線を向ける。私も同じようにそちらを向くと、いつの間にか空模様は暗く、重たい色になっていた。
「とはいえ、今すぐクリム・クライムを出るのは無理だ。この悪天候じゃあ、船を出しても転覆する」
「この悪天候は、いつまで?」
尋ねると、サミュエル殿下はじっと窓の外を見つめながら答えた。
「予知通りなら、明後日の夕方には良くなっているはずだ。……アマレッタ、それまではセミュエルのことは忘れて──というのは、難しいだろうが、少しでも休息を取ってくれ。城の中は好きに見てもらって構わない」
「わかりました、ありがとうございます。……殿下は?」
「俺は時間の許す限り、自身の責務を果たすよ。じゃあ、アマレッタ。何か困ったことがあれば、星見の間に来てくれ。この二日間、ほとんどの時間、俺はそこにいるから」