約定の千年が果たされなかった場合
サミュエル殿下は、そんな彼女たちに視線を向けて、手で人払いを命じた。
未婚の女性──例え、平民であれど、いや、平民だからこそ、滅多なことを起こされては困る。
それは、エミリアとセドリック殿下のふたりを見てきた私が、よく知っている。
だからこそ、メイドたちは退室することに戸惑いを見せたのだが、サミュエル殿下はそれには構わず、指示だけ出すと私の対面のソファに腰掛けた。
メイドたちは指示を受けた以上、逆らうことはできないと思ったのだろう。
納得のいかない気配を感じたけれど、頭を下げて退室した。
サミュエル殿下が人払いをしたのは、内密の話があったからだろう。
それは理解していても、彼女たちの恐れを感じると、なんとも申し訳なく感じた。セミュエルにいた時──城内勤めの彼女たちも、そうした心境でいたものだから。
(でも、セドリック様は城務めの人間が何を言っても【命令】の一言で終わらせていたわね……)
本来、侍従やメイドといった勤め人が仕える主──それも王族相手に意見することなど、滅多にない。
ほとんどない。ぜろと言っていいほど。
それなのに、彼らはセドリック殿下に訴えた。
アマレッタという婚約者がいるにもかかわらず、平民の女とふたりきりになるのは、宜しくないことだ──と。
王族に注意するなど、彼らの不興を買っても仕方のない話だ。
それを押して、彼らはセドリック殿下に訴え出た。
結果は、言わずともしれたことだけど。
セドリック殿下は彼らの話をまるきり無視して、エミリアへの嫌がらせ──彼女を受け入れない王城の体制に問題があるとした。
いずれ、妃になるひとをいたずらに咎めて楽しいか、と理不尽な怒りを見せていた。
そんな、過去の──よくあった出来事を思い返していると、サミュエル殿下が、自分でハーブティーを淹れていた。さすがに驚いて、腰を浮かす。
「私が──」
「良い。得意なんだ、よく自分で淹れる」
「ご自分で……?」
「そう。他人に淹れてもらうより手っ取り早いしね」
それだけ言うと、サミュエル殿下はハーブティーを口にした。
ポットの湯を注いだばかりなのでまだ蒸らし足りないと思うのだが、彼は気にしていないようだ。
カップに口をつける所作は、兄王子同様洗練されている。
そして、カップをソーサーに戻して。彼は言った。
「兄から聞いたと思うが、この後、嵐が来る」
「嵐……。天候が崩れる、という話ですね」
サミュエル殿下は、ちいさく頷いた。
「今は晴れているが、あと一時間もすれば天候が一気に崩れる。今、俺は預言者としての力を使い、少し先の未来を予知してきた」
「預言者の役目を果たしている、とメイドに聞きました」
「ああ。俺が指定した事象は、セミュエルでの出来事、だったんだが──。セミュエルでは今、内乱が起きている」
「……内乱!?」
思いもしない言葉に、私はまつ毛をはね上げた。
彼は足を組むと頷いて答えた。
「まだ、交戦には至っていないはずだ。報告には、『王城を完全に包囲するまで、二週間程度』と書かれていた。手紙が出された日付から逆算して、あと十日ほどだ」
「内乱……。一体誰が?もしかして、例の事件に関与している──いえ、あの事件の首謀者ですか?」
王城および、三大公爵邸襲撃事件。
【物語】では、【王太子妃暗殺未遂事件】とされていた。物語では、その主犯は私とされていたが、実際には別の犯人がいるはずだ。
もしかして、そのひとがふたたび反旗を──。
そう思って尋ねたのだが、サミュエル殿下は首を横に振り、私の推測を否定した。
「いや──内乱の首謀者。指揮を執っているのは、三大公爵家の一家、ディルッチ公爵家だと、報告にはあった」
「ディルッチ──」
「きみの生まれ故郷だ。きみは知っておいた方がいいと思った」
「……戦いに、なるんですね」
セミュエルの現状を教えてくれたことに感謝しながらも、私は彼に言った。
ディルッチ公爵家──サイモン様。
彼は、反旗を翻した。王家を倒すために。
戦いの火蓋が切って落とされた以上、血は流れるだろう。
居ても立っても居られない心境だったが、今私が行ったところで何が出来るわけでもない。
いや。そこでひとつ、私に出来ることがあることに、気がついた。
私の、神秘を使えば。
そうすれば多少は──。
「サミュエル殿下。教えてください。約定の千年は──最初の稀人は、何を望んでいるのですか。どういう形に落ち着けば、それは果たされるのですか?クリム・クライム王家が、現セミュエルを奪還すること?それとも──私たち稀人から、季節を巡らせる神秘が失われること?どうか、教えてください。言える範囲で、構いませんので」
思った以上に、緊迫した声が出た。
きっと彼を見る目も、同じくらい真剣なものになっているだろう。
「そして、約定の千年が果たされなかった場合は……どうなるのです?」