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あなたというひとを、知ってみたかった

(こ、来ない……)



待てど暮らせど、サミュエル殿下はいらっしゃらない。既にメイドがやってきて、ハーブティーを淹れてくれた。

これで三杯目だ。これ以上ハーブティーを飲んで待つのも限界である。お腹タポタポ。


メイドが淹れるハーブティーは、香り豊かなハーブに甘みとピリリとしたスパイスをブレンドしたような味だった。

聞いてみると、カモミールに蜂蜜、シナモンジンジャー、レモングラスをブレンドしているとのこと。口当たりが柔らかく、ほっと人心地つくような味わいだ。


私はメイドの彼女に尋ねることにした。


茶より橙味の強い髪に、くるくるとした巻き毛をシニヨンにまとめた女性は、私より少し年上、くらいだろうか。



「サミュエル殿下は、この後いらっしゃるのですか?」



尋ねると、彼女は目をぱちくりとさせた後、戸惑うと様子を見せた。私に言ってもいいものか、という逡巡が見える、が。


彼女はすぐに、答えることにしたようだった。



「殿下は──お役目を果たされております」



「役目……」



「預言者としての、お役目です」



つまり、予知をしている、ということか。

沈黙する私に、彼女は小首を傾げて併せて尋ねてきた。



「殿下に、言伝をお伝えしましょうか?レディ・アマレッタが待たれている、と」



「え?そう……ね。ええ。お願い、できるかしら。でも、そのお役目というのはどれくらいで終わるものなの?疲労を伴うものなら明日でも構わないのだけど……」



「私には分かりかねます。サミュエル殿下がお役目を果たしている間は、誰も星見の間には入ってはならないのです。かかる時間もその時々によってマチマチで……。翌日、発熱をし、数日寝込むこともあればすぐに終わり、そのまま国を発つこともございます。ですので、今回もどれほどお時間がかかり、お疲れになるかは──」



彼女はおそらく『分かりません』と続けようとしたのだと思う。

だけど、直後に扉をノックする音がひびき、その言葉は打ち消された。


互いにハッとして扉の方を見る。

ひとりのメイドが、扉を開け、訪問者を確認しているようだ。


だけど彼女はすぐ、困ったように私を見てきた。


その彼女の様子に疑問に思っていると。



「やあ、突然すまないね。あなたがレディ・アマレッタかな」



ひとりの男性が、部屋に入ってきた。



「──」



彼を見て、息を呑む。


そのひとは、誰かによく似ていた。

既視感を覚える。


逡巡は僅かな間だった。

だけど私はすぐに、その似た【誰か】を理解した。



(セミュエル国王太子の──セドリック殿下……)



髪の長さも、纏う気配も、その瞳の色だって違うのに。

どこか、よく似ている。それはきっと、顔立ちとか、そのひと自身の雰囲気とか、そういったもの。


黄金を溶かしたような金の髪。月光でも煌めきを帯びるように見える鮮やかな、金糸雀色の髪。


今、私の前に立つひとは優しげに見えるけれど、どこか冷え冷えとした雰囲気は、彼とよく似ている。



名乗らずとも、わかった。



「王太子、殿下……」



(クリム・クライムの──王太子)



クリム・クライムを取り巻く霧を、作り出している人物でもある。

まさか、セドリック殿下に似ているとは、思ってもみなかった。


だけど、分家と本家。

血は近いのだ。

容姿が似るのも納得できるというもの。


そう、頭では理解していても、それでも。

心臓がばくばくと音を立てた。


彼は、私の対面のソファに腰掛けた。

その立ち居振る舞いは、とても優雅だ。


サミュエル殿下が親しみやすい王子とすると、彼は孤高の──どこか、一線を引いているような。

距離を感じるような、そんな王子だ。



「正解。……そんなに似ている?彼と」



「いえ、それは」



思わず、言葉を濁してしまう。


それで、相手の男声も理解したのだろう。

納得するように、何度か頷いてみせる。



「私も、彼に会ってみたいんだけどね。だけど私は、弟のように、あちこち飛び回るわけにもいかない。私は、この城を開けるわけにはいけないから」



「王太子殿下は……」



「ああ、挨拶が遅れたね。私は、リアム・クリム・クライム。この国の第一王子であり、王太子だ。レディ・アマレッタ。あなたの事情は弟からかんたんに、ではあるけれど聞いている。あなたの運命がどこに紐づくのか、楽しみにしているよ」



「……はい」



髪の長さは、サミュエル殿下と同じくらいだろうか。

少なくとも、私よりはずっと長い。


兄弟どちらも髪を伸ばしているのは、なにか理由があるのだろうか──。

そんなことを、考えてしまう。


ソファに腰を下ろしたリアム殿下に、メイドが戸惑いを見せながらもハーブティーを淹れた。

彼はカップを、やはり美しい所作で持ち上げると、それに口付けた。


雰囲気のあるひとだ、と思う。

そして、その話し方、物言いは、彼の父親である、クリム・クライム王とよく似ている。



「レディ・アマレッタ。今から一時間後。クリム・クライムは暴風に見舞われることだろう。クリム・クライムは海に囲まれた国だからね。海辺は特に危険だ。天気が崩れたら、城から出ない方がいい」


突然の言葉に、瞬いた。


「天気が、崩れるのですか?」


尋ねると、彼が瞳を細めた。

そんな彼を見て、なにかに似ている、と思った。

それは、セドリック殿下ではなく、もっと、こう。マスコットめいたキャラクターの──。


それを考えて、ハッと思い当たる。


(チェシャ猫だ……!!)



彼は、木の上から見下ろす、チェシャ猫によく似ている。


瞬時にそう思ったが、しかしそんなこと言えるはずがない。

そもそも、チェシャ猫、といっても彼に通じるかもわからないし。

私は口を噤んだ。

私の動揺に気づかず──いや、気付いていて、放っておいてくれているのかもしれない。

リアム殿下が、言葉を続けた。



「私の力が、この国を守っているのは知っているね?」



彼は、ずいぶん湾曲的な言い方をした。


霧を生み出している、と直接的に言わないのは何故だろう。

そう思ったけれど、もしかしたら、メイドたち──クリム・クライムの人々は知らないのかもしれない。

クリム・クライムを覆う、深く濃い、霧のことを。

頷いて答えると、彼が薄く微笑みをうかべた。



「既に、クリム・クライム周辺の天候は荒れている。いずれ、暴風雨はこちらにも流れてくる」



「……リアム殿下は、どうしてそれを私に?」



「弟が、預言者の使命を果たしているからね。あなたにも、関係があることなのだろう?些細なことだけど、未来に関連することだ。先に伝えておこうと思った。それと──」



そこで、彼は言葉を区切った。


すっと、彼が私を見る。

射抜くような鋭い瞳だ。

深い青の瞳がなにか、探るように私を見ていた。

ともすれば殺意すら感じるような──そんな、強い瞳。


思わず、息を呑む。

ゾッと、反射的に鳥肌が立った。


だけど、彼はすぐに柔和な表情を浮かべた。

見間違いだったのでは、と思えるほど、柔らかい笑みを浮かべて。先程までの剣呑な眼差しは、もうない。



「レディ・アマレッタ。あなたというひとを、知ってみたかったんだよ」




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