幸せになるべき人間
「──!?」
驚きのあまり、妙な声が出るところだった。
既でそれを堪え、私はサッと部屋に入る。
入れ違いに、話していた女性たちが廊下を通る。
「北部出身の女性らしいけど……でも私、あんな見事な銀髪見たことないわ」
「クリム・クライムは金か茶髪がほとんどだものねぇ……。その物珍しさが気に入られたとか!」
楽しげに話す女性は、メイドだろうか。
そのすぐ後に、厳しい叱咤の声がかかる。
「あなたたち!こんなところで油を売っている暇があるの!?仕事は終わったんですか!」
メイド長、だろうか。
彼女の鋭い声に、慌てた様子でメイドたちは言い繕うように答えている。
「も、申し訳ありません!」
「ここはお客様のお部屋の近くです!あなたたちは一体ここで何を……」
お小言の声が、だんだん遠ざかっていく。
私がこの部屋にいることを知っているため、意図して彼女たちを引き離したのだろう。
私は、扉に背を預けながら大きく息を吐いた。
(サミュエル……殿下の、恋人)
そうか。私は、クリム・クライムでは何も持たない平民。いきなり王子が身分を持たない女性を連れ帰ったら、それはまあ、騒動にもなるだろう。
王を始めとした重臣には私の立場は知らされるだろうけど、仕える人間にはそこまで教えられないはずだ。
正直、自身の恋とか、愛とか、まったく考えられない。
少し前まで私はセドリック様の婚約者だったのだから、とうぜんだ。
(……サミュエル殿下がいらっしゃったら、聞いてみよう。まずは、セミュエル国のこと。どうすれば、約定の千年は、果たされるのか──)
春を司る稀人である私がいない今、セミュエル国は苦労を強いられているはずだ。
サイモン様や、秋を司る稀人、スカーレット様の助力があっても、春を訪れさせることは、できない。
その責務は、私にしか果たせないのだから。
私が逃げたことで、彼女たちに苦労を押し付けたくはなかった。
約定の千年──最初の稀人、サミュエルの復讐を果たした時。セミュエルはどうなるのだろうか。
そんなことを考えながら、メイドを待つ。
☆
「お前は、バートリー公爵家の令嬢と結婚する気か?」
王の言葉に、サミュエルは僅かに瞠目した。
だけどすぐに、彼は微苦笑を浮かべる。
「まさか。彼女は一時的にここに避難してもらっているだけですよ、父上」
謁見の間には、彼と、彼の父である王の二名だけだ。あとの人間は、王が人払いを行ったため、誰もいない。
「ふん……口上はずいぶんお行儀がいいがな。お前が、彼女に執心──やけに気にしていることは、すぐに知れた。お前、何を隠している」
父王の尋ねに、サミュエルはまつ毛を伏せる。
(何を、か……)
道中、アマレッタも気になっていたようだった。
しかし、未だに言えていない。
これを言えば、きっと彼女は気にするだろう。
だからこそ、言えなかった。今は、まだ。
「……世界大戦に繋がる、セミュエル国内王城および三大公爵邸襲撃事件において。二度目の予知で、私は彼女と接触しました」
父王は、静かにサミュエルを見つめた。
サミュエルは当時のことを思い出し、自嘲する。
彼にとっては、予知は現実とほぼ変わらない。自身が体験するものだからだ。
「俺は、彼女を見捨てました。二度目の予知で彼女が罪人に仕立てあげられ、処刑されたのは──俺のせいなんですよ、父上」
彼女を助けたい。
そう思ったのは、贖罪だから。
あの時の後悔を、二度と繰り返したくない。
彼女に、幸せになってもらいたい。彼女は、幸せになるべき人間だから。
──身勝手にも、そう思ったから。
「彼女は俺の恋人でもなければ、婚約者でもありません。彼女は、俺なんかよりもずっといい男と、結ばれるべきだ。相手は、俺ではない」