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既に滅んでいる国

「そもそも、の話。セミュエルにいた稀人は、最初はひとりだったんだ。……クリム・クライムの預言者同様」



「え──」



「だけど、それをよく思わなかった当時の王家の人間が、無理にその能力を奪った。……それが、今から千年前の話」



私が、知っている話と違う。

そもそも、稀人は建国神話に関わる存在で、最初の稀人は国王だった、という話だ。


それが、ほんとうは別に、稀人がいた──?


能力を強奪する、とは穏やかでは無い話だ。息を呑む私に、サミュエルは静かに言葉を続けた。



「当時──今から千年前。セミュエルの王家は、王位継承問題でごたついていて、結局、玉座に座ったのは、分家の人間だと伝わっている」



「それって、つまり」



「そうだ。……千年前の時点で、セミュエルの王朝は正統な血筋を失っている」



「──」



セミュエルの王家は、直系の血脈を何よりも大事にしている。王朝が途絶えないよう、子ができにくい場合は側妃を何人も娶り、それで何とか繋いできた由緒ある、血筋だ。


過去、直系が途絶えそうになったことは幾度もあるようだが、この千年、分家筋の人間が即位した事例はなかったはず。


そこでは、と気がついた。



「千年……。建国神話では、千年前にセミュエルが、今の王朝が確立されたと記されているわ。でも……千年以上前から、セミュエルという国はあった……?」



彼は、まつ毛を伏せて肯定の意を示した。



「そう。今の王朝が確立されてから、千年。同時に、当時の稀人の能力を奪ってからも、今年で千年となる」



「……どうして、そんな」



そんなことを、したのだろう。


唯一の人物である、稀人。

国王以外に、特殊な能力を持つ、特別な人間がいることは許せなかった……?


だから、奪った……?


困惑する私に、サミュエルが答えた。



「記録によると、当時のセミュエル国は、空が固定されていたものではなかったらしい。稀人の神秘も、多少、春夏秋冬の恵みを豊かにするとか、天候に影響するとか、その程度だったようだ。それでも、効力は絶大で、セミュエルの人間は彼に頼りきりだったという。……人智を超えた、天候さえ左右する能力。まさに、神秘だ。国民が、かの者こそ王に相応しい、と考えてもおかしくない」



「まさか、それで、王はその能力を奪おうと……?」



彼は、また頷いた。


絶句する。

自身の立場を脅かすかもしれない、稀人。それに脅威を感じるのは、そのとおりなのかもしれない。だけど、だからといって、その能力を強奪するなど──やり方が、穏便ではない。


それでは盗人だ。

今のセミュエル国は、ひとから強奪をした能力で成り立った国なのか。



「稀人の能力とは別に、三大公爵家と、王家はそれぞれ神秘を有していた。きみも持っている、それだよ」



「……稀人としての力と、それぞれが持つ神秘の力は別物だと……言っていましたね」



「三大公爵家と王家がそれぞれ持つ神秘。うち、王家だけが現在、その神秘を有していない。なぜか、分かる?」



そこで、私は思い出した。


クリム・クライムの王太子が現在、使う力を──。


サミュエルは、それを神秘だといった。

本来、冬を司る稀人が持っている力、だとも。

そこから導き出されることは。



「……千年前、途絶えた王朝、というのは」



答えは、彼によって引き継がれた。



「そうだ。千年前、セミュエルで途絶えた、直系の血筋。それが、現在のクリム・クライムの王朝を作っている」



「──。どういうことですか?だって、当時の王は……。あ」



そこで、私はようやく理解した。


千年前。

セミュエルの直系の血筋は途絶えた。

王位継承争いによって、分家筋の人間が即位した、とも。


そして、その王が稀人の神秘を奪った。


結果、それは成功したのだろう。

当時の王と、三大公爵家の当主に、稀人の神秘は分け与えられた。



だけど──その時にはもう、直系筋の王家の人間は、セミュエル国にはいなかったのだ。


稀人としての力ではない、個人が持つ神秘だけを持って、きっと──国を、出た。


それで。


「……王位継承争いに、敗れて……それで、クリム・クライムに……。ここに、来たのですか?セミュエル国、王家の直系筋の人間が、国を興した?」



思ったことを正直にそのまま、尋ねる。

きっと、それが正解なのだろう。

そう思っていたけれど、サミュエルは「いいや」と首を横に振る。



「当時の直系筋の人間──ややこしいから、クリム・クライム王家、としようか。クリム・クライム王家の人間は、稀人の逃亡に協力したんだ。当時の稀人は、セミュエル王家によって、その能力を奪われた。このままでは口封じに命まで奪われるだろう。きみの言う通り、当時のセミュエルは王位継承争いが激化していて、どこも戦火に包まれていた。セミュエルに、安息の地はない。それを悟り、クリム・クライム王家の人間と稀人は、セミュエルから逃れた」



セミュエルから──。

まるで、今の私のような状況だ。

沈黙していると、彼はさらに話を進めた。



「逃れた稀人と、クリム・クライム王家の人間は、やがて海の中心に辿り着いた。そこで、稀人は最期の力を振り絞り、ここに大地と、それを覆う霧を生み出した。セミュエル国の人間を寄せ付けないようにね」



「まさか、それが」



「そう。それが、この国。クリム・クライム。クリム・クライムの王家の人間は、引き連れてきた臣下と、この国で新たな王朝を興した。それが、今から千年前の話」



「では、約定の千年、というのは」



「稀人と、約束したからだ。……クリム・クライム王家の人間は、元を辿ればセミュエル王家の直系だ。いわば、稀人はセミュエルの王位継承争いに巻き込まれただけなんだ。分家筋──現在のセミュエル王家の人間が、自身の即位を確かなものとするために。新たな力を欲していたために、稀人の立場と、その特殊性に目をつけた。稀人が王位継承争いに乗り出してきたら、めんどうだ。……そんな思いも、あったのだろうね」


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