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セミュエル国が齎した、大罪

宿に到着すると、少しの間、サミュエルが不在になった。その間に私は、ふと、今までのことを振り返ってしまう。



思えば、ずいぶん遠くまで来た。

まさか、生まれ故郷であるセミュエル国を出て、世界でももっとも謎の国、クリム・クライムに来るなど。

つい数ヶ月前までは、考えてもみなかったことだ。


上着を丁寧に畳み、ソファの背にかける。

鏡に映った自分の髪は、少し伸び始めていた。

それでも、長い髪を持っていた以前に比べれば断然短く、首元は涼しい。



(セミュエルは今……どうなっているかしら)



ふと、そんなことを考えてしまう。

サイモン様は、何とかやってみせる、と仰っていたけれど。

春が訪れなくなったら、間違いなくセミュエルの民は苦しむ。


セミュエルを離れたことは後悔していない。悔いてはいけないとも思う。


だけど──なにか、できることはあるのでは無いか、とも考えを巡らせてしまうのだ。


セミュエルに戻らずとも、春を訪れさせる。


そんな方法があれば──。



そこまで考えた時、あたりまえのように放置していた疑問が、脳裏を掠めた。

それは、思考の端に引っかかった、と言い換えてもいい。



そもそも、の話。

なぜ、セミュエルには、稀人がいるのだろうか──?



なぜ、セミュエルには、四季が訪れない?

稀人の力がなければ、季節を巡らせることは出来ないの……?


とうぜんの疑問に、行き着いた。


幼い頃から、あたりまえのように教えられてきたため、疑問に思ったこともなかった。

だけど、改めて考えるとおかしい。



少なくとも、季節を固定されている──稀人の力がなければ、季節が巡らない。そんな国は、私の知る限り、セミュエルだけ。



(いつから……?)



いつから、セミュエルは季節が固定されてしまったのだろう。

いつから、セミュエルには稀人がいる……?



セミュエル国に伝わる建国神話は、こういったものだ。

ひとりの偉大な王は、季節を巡らせる力を持っていた。彼はそれを臣下に分け与えた。

力を分け与えられた家を三大公爵家と呼び、王家と三大公爵家は、それから千年もの間、力を使い季節を巡らせてきた……。



でも、なぜ、季節を巡らせる力があるのか、という部分には触れていない。建国神話など曖昧で、だいたいが後付けされたものだ。


それは分かっていても、稀人というシステムがとうぜんのようにあるセミュエルで育ったため、その疑問に思い当たることもなかった。



その時、扉がノックされた。

ハッと我に返り振り返ると、扉を開けたサミュエルが笑みを浮かべていた。



「少し早いけど、食事にしよう。クリム・クライムは海に囲まれた国だからね。海鮮料理が美味しい」



彼の手には、茶色の紙袋があった。

ふわりと、ほのかに甘い香りがする。

食欲を誘う匂いだ。



「ありがとうございます」



そこで、私は彼が改めてクリム・クライムの第二王子であることを思い出した。

自然、口調もあらたまったものになる。



サミュエルは、ローテーブルに茶色の紙袋を置くと、中から白い、パンのようなものを取りだした。



(……肉まん?)



前の世で、よく見た形のものだ。

薄い生地に包まれたそれは、ほかほかとしていて温かそうだ。



「クリム・クライムは甘辛い味付けが特徴なんだ。セミュエルではあまり食べないものだと思う。口に合うといいんだが」



彼も、紙袋から同じものを取りだしていた。

そして、慣れたように口にしている。

私は、手に持った肉まん……もどきに視線を落とす。



(まさか……この世界で肉まん……もどきを食べられるとは思わなかったわ……)



少し唖然としながらも、やはり期待が勝る。

色々聞きたいことは山ほどあるのに。美味しそうなご飯を前にして、お腹は現金だ。途端、食欲を覚えた私は、一息にそれにかじりついた。



じゅわ、と口に熱い汁が広がる。

続いて、海鮮の芳香が鼻を抜けた。


甘辛い味付けが特徴だと言っていた通り、少しピリッとする。イカや小エビ、アサリといったものが混ぜられているのが、食感で分かった。濃厚なソースが絡み合い、口の中で見事なハーモニーを生み出した。少しピリッとする甘辛い味付けがとても良く合っている。



つまり──



「お、美味しい……!」



とても、美味しかったのだ。

目を輝かせる私に、彼が薄く笑う。



「それなら良かった。クリム・クライムは国土もそう広くない上、周りは海で囲まれている。肉より、魚の方がよく取れるから自然、魚料理が多いんだよ」



私はあっという間に肉まんもどきを完食してしまった。

彼に、食べ物の名前を尋ねればこれはパイ焼き、というらしい。私の知るパイ焼きとはずいぶん違うが、これもクリム・クライムという国が外部との接触を絶っているからこそなのだろう。


ぺろりと平らげた私は、先程──宿の前で、ずいぶん親しげに話していた彼女たちのことを思い出した。



「先程話していた女性の方々は平民……ですよね?」



尋ねると、三個目のパイ焼きを手に取った彼が頷いて答えた。



「ああ。この国は、ほかの国よりもずっと、王侯貴族と平民の距離が近い。排他的な国家だからこそ、かもしれないな。在り方としてはきみの知る国家より村や町といったもののほうが近いかもしれない」



なるほど、と納得する。

クリム・クライムは特殊な国だし、相手が王族であっても声をかけることに躊躇いはしないのかもしれない。

敬意より、親愛といった面が強い国民性なのだろう。



「先程……彼女たちは、千年の約定、最後の年……と言っていました。そして、セミュエル国を嫌ってもいた。……教えてください。セミュエル国と、クリム・クライムの関係。そして──あなたが、何をしようとしているのか」



尋ねるとほぼ同時に、彼は三つ目のパイ焼きを食べ終えた。サミュエルは、ぺろり、と指についた生地を舐め取った。

そのまま、彼は何も言わずにハンカチで手を拭う。


僅かに、沈黙が漂った。



「……そうだね。城についてから話そうと思っていたけど、今、話すのが良さそうだ。 少し、長い話になる」



彼はそう、前置きをしてから話し出した。




クリム・クライムが抱える罪。


そして──セミュエル国が齎した、大罪を。


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ようやくここまできたことにほっとしております…

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