約定の千年
そこは、港町という気風もあるのか、みな親しみやすく開放的なひとが多かった。
とうぜんのように、私もクリム・クライムの人間だと思われて、次から次に話しかけられる。
「あなた、どこから来たの?」
「この時期に観光?やっぱり、最後の年……って言われてるし、どうせ最後ならって気にはなっちゃうわよねぇ」
女性たちは、どうやら買い物途中だったようだ。
籠を手に持ちながらも矢継ぎ早に話しかけられ、頭が追いつかない。
私に向けられた質問に答えたのは、サミュエルだった。
「彼女は俺の友人だよ。久しぶり、ターゼル、リラ」
「あら?あなたは……サミュエル殿下!?まあ、また海外に行ってらっしゃったの?」
「サミュエル様ったら、今度はこちらから帰ってらっしゃったのね!」
「じゃあそちらのお嬢さんは……」
女性のひとりに視線を向けられ、ドキリとする。
クリム・クライムは外部の人間を一切拒む、排他的な国家だ。
それは、前の世でいう、鎖国とほぼ変わらない。
国自体がそうした在り方なのだから、彼女たちも外の国の人間を良く思わないだろう。
ここは誤魔化すべきだ。
しかし、私はクリム・クライムの知識を何ひとつ持っていない。下手に口に出したらボロが出しそうだ。
そう思い、答えあぐねていると、助け舟を出してくれたのはやはりサミュエルだった。
「いや、こちらから帰ってきたわけじゃないんだ。少し、遠回りをしてね。彼女は北部の村出身の、お嬢さんだ。用事があって、王城まで一緒に来てもらうことになっている」
「まあ……。そうですよね、あたしったら早とちりしてしまって。殿下が、まさか外の国の人間を連れて帰るはずがないのに」
「リラったら、約定の千年なんてなんとかなる、とか言っておきながら、今年、何が起きてもおかしくないと思ってるんでしょう?」
そういうと、彼女はくすくすと笑った。
リラ、と呼ばれた女性は顔を赤くし、憤慨した。
「仕方ないでしょう!?実際、みんなソワソワしてるじゃない。やっぱり、今年にはなにか起きるんじゃないかって──」
「その、なにか、を起きないようにするのが、俺の仕事だよ、リラ」
彼女の言葉を遮って言ったのは、サミュエルだ。
彼の言葉にハッとしたのはリラだけではなく、隣の女性も同じように息を呑んでいた。
「そ、そうですよね……。あたし、失礼なことを」
「いや。きみたちが不安に思うのもとうぜんだ。何しろ、預言者の言葉は、必定だと言われているしね。だけど、だからこそ、そのために俺がいる。その、預言を果たすために」
「…………?」
私が部外者だからだろう。
彼らの話の意図は読めなかった。
会話にでてきた単語をいくつか拾ってみる。
だけど。
千年の約定、約束の年、最後の年──。
これだけでは、さっぱりだ。
何を話してるのか全く分からない。
戸惑っていると、不意に彼が振り返り、言った。
「それじゃあ、行こうか、アマレッタ。宿は、すぐ先だ」
「は、はい」
『ええ』と返事をしようと思い、改める。
何せ、彼はクリム・クライム王家の人間だ。
彼女たちの前で敬語を使わないのは、良くないだろう。
そう考えてのことだが、彼が違和感でも覚えたかのように、僅かに瞳を細めた。
そのまま、宿に向かうためその場を離れることにする。彼女たちと挨拶を交わし、足を踏み出したところで。
そのまま立ち話を続ける彼女達の話が僅かに聞こえてきた。
「それにしても、セミュエルという国はほんとうに最悪ね」
「そのせいで私たちは国から出られないしねぇ。そもそもの話、あの国の不始末ってだけじゃない。それを全部うちに押し付けて……迷惑ったらないわ」
「──」
思わず、息を呑んだ。
今、彼女たちは。
(セミュエル国の……話をしてる?)
思わず、振り返る。
彼女たちは、私を気にすることなく話を続けていた。
「アマレッタ、行こう。……詳しい話は、後でするから」
サミュエルに小声で言われ、私は慌てて頷いた。
「分かりました」
彼女達の話はおおいに気になることだが、まさか引き返して尋ねるわけにもいかない。
そもそも、クリム・クライムの人間なら知っていてとうぜんの内容かもしれないのだし。
クリム・クライムに、セミュエル国。
罪を抱えた国、クリム・クライム。
約定の千年、予知の能力を使う預言者。
セミュエルを嫌うクリム・クライムの国民……。
僅かな情報をかき集める。ピースと、ピースが嵌るような。
あるいは、点と点が結ばれるような、そんな感覚を覚えた。
ふと、そのときに思った。
もしかして──サミュエルの名前がセミュエル国と似ているのも……なにか、理由がある……?
情報が圧倒的に不足している今、推測するのも無駄な行為だとはわかっているが、つい、考えてしまう。
宿には、すぐに到着した。
赤い屋根が目立つ、三階建ての建物だ。
砂場で見た赤い屋根は、この宿屋だったのか、とこの時になって気がついた。