前へ次へ
22/48

アマレッタ・ル・バートリーの妹



時は、少し遡る。




アマレッタが行方知れずとなって数日。

春を除く稀人が各自、謁見の間に集められた。話を終えた直後──サイモンは、彼女に呼び止められたのだ。



「それで。シュタルク夫人には、聞かせられない話なのですか?」



冷たく問われ、エミリアは僅かに硬直したが、すぐに目的を思い出したのか真っ直ぐに彼を見つめた。



そして──。



「はい。サイモン様にしか、聞けないと思いました」


やけに、ハッキリとした声で答える。

サイモンは、静かに彼女を見つめた。


ブロンドの髪に、蜂蜜色の瞳。くるくるとカールを描く髪は柔らかそうで、太陽が似合う娘だ。


彼女の容姿は平民というより、豪商、あるいは名のある貴族の娘のように見えた。


つまり、由緒正しい血筋を持っていそう、と思われる見た目なのだ。



彼女は、数秒を間を空けてから、言葉を切り出した。

言いにくいようで、まつ毛を伏せながら。


「先日……セドリック様から、言われたのです」



「…………」



サイモンは、黙って彼女の話を聞いていた。


スカーレットは、エミリアの『内密の話ですので』という言葉に気分を害したようで、すぐにその場を去ってしまった。

彼女は鼻にシワを寄せると、エミリアに挨拶することなく踵を返した。

痛烈なスカーレットの態度に、エミリアは僅かに怯んだようだったが──元々、気が強い性質(たち)のようだ。

すぐに持ち直し、彼女はサイモンに声をかけてきたのだった。


エミリアは、自身の指先をそれぞれ絡めるようにしながら、言った。


「『お前が、次の春を司る稀人となれ』──と」


「…………は?」


サイモンは、信じられない言葉を聞いたように感じ、彼女を見返した。


エミリアは、サイモンの反応を予想していたように深く俯いた。



「……これはまだ、公になっていないことですが。私は、バートリー公爵家の血を引いています」



「──」



サイモンは目を見開いた。

エミリアは、静かに呟くように話を続けた。



「私が、バートリーの……。現公爵の血を引いている、と判明したのは、つい最近のことです。セドリック様は、時期が来たら公表するから、決して他言するな……と仰っていたのですが」



「──なぜ、それを僕に?」



サイモンは、言葉を失っていたが、ようやくそれだけ尋ねることが出来た。


彼は警戒していた。

突然、そんなことを言い出したエミリアに。



(例えそれが事実だとして……それを僕に伝える理由はなんだ?彼女は……何を企んでいる?)



あからさまに訝しむ、疑心に満ちた目を向けられ、エミリアは眉を下げた。


困り顔のまま、彼女は薄い笑みを浮かべた。

人好きする笑みだ。それは、親近感を覚える、というより、なんとなく、ひとに愛着を抱かせるような──そんな類の代物だった。


しかし、サイモンはそれらの感情を一切抱かなかった。


そんなふうに笑いかけられたところで、彼女への疑心、あるいは負の感情はますます増えるばかりである。



「夏を司る稀人──サイモン様の前代は、あなたのお兄様だとお聞きしました」



「……ああ、そうですね」



「その時のことを、お聞きしたいのです。通常、当代の稀人が死ぬことで、次代に能力は引き継がれる。これは、セミュエルの常識で、セミュエルに住む人間なら誰もが知っていることです。……ですが、兄弟姉妹間なら、なにか、他の手段を以て、能力の譲渡が可能なのでは……と、そう考えました」



サイモンは、エミリアの言葉を注意深く聞いていく。


なにかひとつでも、聞き落としがないように。彼女の狙いを、把握するために。

彼は、すっと碧色(へきしょく)色の瞳を細めて、彼女を見た。批判を込めた、攻撃的な目だった。


「それはつまり、ディルッチ公爵家が、兄の死を偽装している……と言いたいのですか?もしそうなら、そのやり方を教えろ、と?」



サイモンの前の夏を司る稀人は、彼の兄である。

彼の兄が死んだことで、その能力は彼に引き継がれた。


エミリアは、サイモンの兄の死を疑っているのか。実は、サイモンの兄は生きていて、能力だけを譲渡したのでは、と考えて、サイモンに尋ねているとしたら。



(いや……待て)



彼女は今、なんと言った?


そもそもなぜ彼女は、サイモンに能力を譲渡させる方法を尋ねている──?



「──!」



彼は息を飲んだ。

まさか。もしそうなら、アマレッタと彼女は。


彼は、まつ毛をはね上げ、彼女を見た。

エミリアは、変わらず真っ直ぐに──必死さすら感じる視線を、彼に向けていた。



「今、あなたは兄弟……姉妹間、と言った?」



「……はい」



「あなたは、バートリー公爵家の血を引いていると言った。そして、兄弟姉妹間での能力の譲渡は可能か、とも」



「はい」



つまり、それは。

サイモンは、ふたたび彼女を睨みつけるようにしながら、核心を突く問いを口にした。



「あなたは……アマレッタ・ル・バートリーの妹……なのですか」



前へ次へ目次