処刑されたのは、アマレッタ・ル・バートリー
クリム・クライム。
そのどちらもが、罪を意味する言葉。
なぜ、国名が罪を冠するものなのか。長く疑問視されていた。
その謎を、今ここで聞くことになるとは。
驚いていると、ふとサミュエルがまつ毛を伏せた。
こころなしか、気まずそうだ。
「それと、俺の目的と、クリム・クライムの目的は違う」
「え……」
「俺の目的は、きみの生存。もっと独善的な言い方をするのなら──俺は、きみを助けるためにセミュエルに来た」
「私……を?」
私は、目を白黒させた。
彼は、知らないはずだ。
私が、【冬の王家と、春の愛】という物語において、悪役として処刑される、なんてこと──。それなのに、なぜ、助ける、なんて言葉が出てくるのだろうか。
息を呑み、言葉を忘れる私に彼が笑って言った。
「遅れてしまったけど……それでも……。間に合った。間に合ったんだ。……よかった」
「あなたは……一体」
「……クリム・クライムには、預言者と呼ばれる人間がいる。肩書き的には、セミュエル国の稀人と似たような立ち位置と考えていい。ただ、役割は少し違う」
「預言者……?」
彼は、ひとつ頷いた。
そして、何かを思い出すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そもそもクリム・クライムという国は、世界の調和、世の裁定者。物事の調整者として存在している国だ。世界各国の世の乱れ、それに伴って切り替わる未来予想、それが世界にどれほどの影響をもたらすか、計算するのが役割」
「え、ええと……つまり、俯瞰的に世の中を見ている国、という理解であってるのかしら。それで預言者……というのは、あなたしかいないの?あなたが、世の裁定者?クリム・クライムで、あなたはどういう立場なの?」
混乱して、質問がたくさん浮かんだ。
世の中には、エルフ族と共生する国や、獣人の国、吸血鬼が住む国など、実に様々な国がある。
だから、クリム・クライムが世の裁定者という役割を持った国、と言われてもそう驚かなかった。
セミュエルに稀人という稀有な存在、稀有な環境であるのと同様に、クリム・クライムも不可思議な法則があっても、何らおかしくはない。
サミュエルは、ちいさく頷いた。
言葉に、悩んでいるように見える。
「ひとつずつ、答えていく。きみの疑問には、なるべく答えたい」
「…………」
「俺を怪しく思うのはとうぜんだ。むしろ、そうしてくれないと困る。生きていく上で、警戒心を抱くのは大切なことだからね」
彼は、言葉をそこで区切ってから、顔を上げた。
「まず、預言者、という立場の人間はひとりしかいない。当代の預言者は、俺だ。俺には、世界の調和を乱しかねない予知を見ることが出来る。そして、それを阻むのが俺の仕事だ」
「……つまり、セミュエルでの騒動──三大公爵家と、王城を襲撃した事件は、世の調和を乱す、と判断されたもの、ということ?」
だから、彼はセミュエルを訪れたのだろうか。
(──そう言えば)
バートリー公爵邸宅で、通路を塞がれ、自身の持つ神秘を使わざるを得ない状況になった時。
私を見て、サミュエルが一言目に言った言葉が。
『……良かった、間に合った』
私の思考に答えるように、サミュエルが言った。
「少し違うな」
「えっ……!?」
(まさか、今私がなにを考えていることが分かったの……!?いやそんなばかな!)
ひとりノリツッコミをしていると、彼が言葉を続けた。
「厳密には、その後に起こることが、世を乱すきっかけになる」
「その後に……起こること」
「俺が見た予知では、三大公爵家および王城襲撃事件──長いから、今は事件、と略そう。その事件の後に、クーデターが起きるんだ。その騒乱に乗じて、事件の首謀者が改めて襲撃事件を起こす。結果、王城は半壊。王族は全員死亡。血で血を洗う政争となり、他国からの侵入を許すきっかけとなった。セミュエルの同盟国が介入し、やがて──それが、世界大戦に繋がる」
「せ──」
予想もしない言葉の数々に、絶句する。
世界大戦。あの事件が、そんな大規模な争いに発展するなんて、考えてもみなかった。
呆然としていると、重たくなった空気を和らげるためか、彼がまた微笑んだ。
「だけど、これはあくまでも予知の範囲で、誰か──第三者の介入で、あっさり瓦解する砂の城だ。実際、俺が介入したことでその未来は存在しなくなった」
その言葉に、ホッと安堵する。
しかし、話はここで終わりではないことに気が付いた。
なぜなら、彼はさっき。
『私を助けたい』と言った。
『間に合った』とも。
それはつまり。
「……あなたは、私を助けたい、と言った。ということは──」
世界大戦から逃れたセミュエルの国で、私は。私の命は。
私の言葉に、彼が静かに私を見つめた。
凪いだ湖面のように静かな瞳だ。
その時、気が付いた。
彼の瞳は、星を象ったような、非常に珍しい瞳孔をしている。
あまりに物珍しくてじっと瞳を見ていると、彼が視線を避けるようにまつ毛を伏せた。
そして、彼は言った。
彼の声は固く、重たかった。
「……俺が介入したことで世界大戦が起きる未来は失われたが……事件の責任を取らされた貴族がひとり、処刑された」
「──」
覚えのある単語に、心臓がドキリと音を立てる。
だけど同時に、やはり、とも思った。
そして、彼の話に疑問も覚えた。
サミュエルは今、【介入したことで】と言った。彼は、自身が見た予知に介入することが出来る、ということなのだろうか?
もしそうであるのなら。
そもそもの話──。
(なぜ、サミュエルは私を助けよう、なんて思ったのかしら……)
ここに来て、最初に抱いた疑問に戻った。
顔を上げると、サミュエルは厳しい顔をしていた。眉を寄せ、なにか、堪えているような。
「事件の責任を取らされて処刑されたのは──アマレッタ・ル・バートリー。……きみ、なんだ」
罪でも告白するような、そんな声だった。
「……そう」
予想通りだ。私が驚かなかったからか、彼は困惑したようだった。
「……驚かない?きみは、無実なのに責任を取らされたんだよ。恐らくは、邪魔だったから」
「邪魔……?私が、事件を首謀したのでは──」
「事件の首謀者は、別にいる。きみじゃない」
「……?…………??」
頭が混乱してきた。
物語では、アマレッタこそが、エミリアを殺すために事件を起こしたのに。
それなのに、首謀者は別にいる──?