スカーレット・デ・シュタルク
「よく集まってくれた。セミュエルを守る、季節を司る稀人たちよ」
久しぶりに顔を見せた王は、だいぶ疲れた顔をしていた。もう既に老齢だ。
王家は、なかなか子を持つことが出来なかった。このままでは王朝が滅んでしまう恐れもあると考えた重臣らに、第二妃を持つことを王は再三勧められた。
だが、彼は最後までそれを拒み、結果、王妃とひとりの子を儲けた。
王妃は産後の肥立ちが悪く、そのまま世を去った。
よって、セドリックは唯一の王子であり、王太子なのだ。
謁見の間には、セドリックの他に、秋を司る稀人、スカーレット・デ・シュタルクの姿があった。
彼女は変わらず年齢不詳を思わせる外見で、サイモンを見ると意味ありげに微笑んでみせた。
二十代半ばほどにしか見えないが、彼の記憶通りなら、彼女は既に四十半ばの婦人である。
「……春を司る稀人、アマレッタが現在、行方知らずである。これについて貴殿ら、何か知っていることはないか?」
「お言葉ですが、陛下?私は何が何だか今もまだわかっておりませんのよ?だいたい、襲撃時、王太子殿下はバートリー公爵家に滞在されていたようではないですの。殿下ならなにかご存知なのでは?」
王の問いかけに答えたのは、スカーレットだった。艶やかな赤いくちびる。
紅の長い髪をひとつに緩くたばねた彼女は、セドリックに流し目を向けた。
彼は、気まずげに彼女の視線から逃れた。
「セドリックは……緊急事態のため、急ぎ王城に戻ったのだ。アマレッタは、稀人。神秘を宿している。公爵家には私兵もおるし、滅多なことにはならんと考えたのだ」
「滅多なこと……。なっておりますけどね?それで、陛下?私、アマレッタの行方よりもずっと気になることがあるのですが……なぜ、貴族籍もないただの平民が、この場におりますの?場違いにも程があるのではなくて?」
スカーレットの言葉の先は、セドリックの隣に並ぶエミリアに向いた。
サイモンも、謁見の間に入室した時からずっと疑問に思っていたのだ。
なぜ、この件に無関係の部外者──エミリアが、この場にいるのか。
スカーレットに指摘された王は、あからさまに弱った顔をした。
彼は、セドリックを見たが、セドリックはため息を吐いて首を横に振る。
「シュタルク夫人。彼女は、未来の王太子妃、王妃である。彼女にはこの件に立ち会う資格があり、義務がある」
「あら……王太子殿下。お会いしていないうちに、ずいぶんご立派になられて……。私の記憶では、現在の貴方様の婚約者はアマレッタ・ル・バートリー。どこの馬の骨かもわからない、平民女をなぜこの場に連れてきているのか……ということなのですが。それとも、あれですの?」
スカーレットは艶然と微笑んた。
カツン、と彼女のヒールが大理石の床に響いた。
「既に、アマレッタとの婚約は解消されている?正式にその娘が殿下の婚約者と公に周知されているのかしら。遠方に住んでいると、どうしても情報に疎くなってしまって、よろしくありませんわね。ねえ、サイモン様?」
「……私も聞いておりませんね。殿下、ご回答いただけますか?」
痛烈なスカーレットの追求と、その意見に肯定したサイモンに、セドリックは顔を歪めた。
セドリックは、スカーレットを苦手に思っている。
彼女には幼少の時のことを知られている上、彼女の舌鋒に勝てた試しがないからだ。
彼にとってスカーレットは、目の上のたんこぶだった。
「止さないか、シュタルク夫人、ディルッチ公爵子息。今は、春を司る稀人が行方知れずになっている。この件の解決が最優先事項だ」
「…………」
スカーレットは押し黙ったが、その目は完全に『ふん、アンタがそんなんだから、息子が甘ったれた鼻たれ小僧になったんでしょうが』と言っている。
国王は、その視線を黙殺し、続けて言った。
「万が一、半年後までに春を司る稀人が見つからなかった場合は──春を飛ばし、季節を巡らせる」
「………は?」
サイモンは思わずそんな声を出し、スカーレットは眉を寄せた。
「春を飛ばし、夏にする。多少、気候の変化や追いつかない部分はあるかもしれんが……人間は適応する生き物だ。前例がないことだからどうなるかは分からんが、暫定で、春を司る稀人、アマレッタ・ル・バートリーが見つからなかった場合の対応とする」
「……この千年、我が国は常に春夏秋冬の順で季節をめぐらせてきました。それをいきなり、夏秋冬の順にすると?」
サイモンが硬い声で尋ねると、王は目を細めた。なにか文句でもあるのか、と言わんばかりの鋭い目つきだ。
「出来ないのか」
「試したことがないので、分からないのでしょう。やってみなければ分かりません」
答えたのは、セドリックだ。
彼は、王の提案に同意した。
それに、スカーレットが尖った声で割り込む。
「そうした結果、罰でもあったらどうなさいます?そもそも、この国──セミュエルは、呪われた国──」
「シュタルク夫人。口が過ぎるな。出処も怪しい、真偽不明の胡散臭い情報を鵜呑みにするとは、三大公爵家夫人とは思えない迂闊さだ」
「まあ。陛下は、これが偽りだと、そう仰る?それにしては、それを検める若者たちを次々に処罰していらっしゃるようですけど。なにか……探られたらまずいことでもありますの?」