罪を抱えた国
それから、一週間かけて私とサミュエルは船着場へ到着した。
その頃には、【春を司る稀人】アマレッタ・ル・バートリーの行方不明の報が、各地に飛ばされていた。
(ギリギリまで馬を走らせて、日が沈んだら野宿をして……ようやく着いた)
生まれて初めての野宿は、思った以上に疲労したが、この程度は覚悟のうちだ。国を出る、亡命する、と私は決めたのだから。
それが、どれほど厳しいものか、理解しているつもりだ。
船着場に向かうと、サイモン様が手配したディルッチ公爵家の人間が船に案内してくれた。
船の一室に入り、ようやく一息つくことが出来た。
サミュエルは、私と同室だ。
ここまで、私と彼の間に会話はほとんどなかった。
夜は、休息のため、すぐに眠り、会話をしている余裕などなかったからだ。
──とはいっても。
外で寝ることにまったく慣れていない私は、寝不足のまま朝を迎え、次の日、揺れと寝不足のダブルパンチで吐きそうになる、ということを何回か繰り返したのだが。
戻さずに済んだのは、奇跡だと思っている。
個室に案内されると、私はソファに腰掛けた。
ドッと、ここ七日の疲れを自覚したような気がしたが、色々と彼に聞いておきたいことがある。
サミュエルは、旅慣れしているのか上着をハンガーにかけるなどしていた。
この七日間、彼はずっとフードを深く被っていた。
ここにきて、私は初めて彼の素顔を見た。
(黄金の髪──檸檬色の瞳。それに……目の下に、ホクロがふたつ……)
襟足を長く伸ばし、それを後ろで軽くまとめている。低めのお団子に、毛先を前に流しているような、そんな髪型だ。
髪は、少し癖があるようで、ところどころ跳ねていた。
(少し、意外かも)
長髪、ということもそうだけど。
彼は、思った以上に気さくさを感じさせる容姿をしていた。少なくとも、ひとを威圧する容姿ではない。
視線を向けられていることに気がついたのだろう。
彼が振り向いて、微笑んだ。
「……疲れた?浴室もついているようだから、先に湯を使ったらどうかな。ここから二日かけて、隣国に行く。それから、各国を経由して、クリム・クライムに向かおうと思うんだけど──アマレッタ」
「クリム・クライムですか……!?」
思わず、声がひっくり返った。
クリム・クライム。
誰もが踏み入ることの出来なかった、摩訶不思議な国。あまりにも外部者を拒むため、クリム・クライムには人間は居住しておらず、ひとではないものが棲みついているのでは──とまで、噂されている国。
「ど、どうして私がクリム・クライムに?」
確かに私は、亡命し、セミュエルの国を捨てた。
稀人としての義務を放棄し、公爵令嬢としての責務も忘れた。
セミュエルにはもう戻れない、とはいえ。
よりによってクリム・クライムとは。
私が驚くと、サミュエルは少しだけ困った顔をして私の対面に座った。
「その前に、まず、なぜ俺がセミュエル国にいたのか。そこから説明する必要がある」
「……はい」
「俺の目的は──いや、クリム・クライムは、今のセミュエル国の王朝崩壊を狙っている」
「王朝ほうか……っ!?」
思わぬ言葉に、絶句する。
王朝崩壊なんて、こんな時に聞くとは思わなかった。
心臓が、いやな音を立てる。
ドクドクと鼓動が早鐘を打ち、背筋に冷たいものが走った。
「どうして……ですか?クリム・クライムは、外部との関係を一切拒む、鎖国──排他主義の国家では……?」
動揺のあまり、【鎖国】という前の世でしか通用しない言葉まで飛び出してしまう始末だ。
私の言葉に、彼は難しそうに眉を寄せた。
「……そうだね。その通りだ。だけどそれは、外部からの接触を拒むだけであり、クリム・クライムが関与しない、というわけではないんだ」
「それは」
「勝手だ、と思っただろう?だけど、そうしなければならない理由がクリム・クライムにもある。──その名の通り、クリム・クライムは、罪を抱えた国だからだ」