クリム・クライムという国
「クリム・クライム……霧に覆われた世捨て国の……?」
クリム・クライム。
それは、世界地図に載るひとつの国家でありながら、どこの国とも関わることのない独立国。今まで、数多の専門家や、神秘や特別な術を持った人間がその国を目指したという。
だけど、誰ひとり、クリム・クライムには辿り着けなかった。
原因は、クリム・クライムの周辺を覆う白霧だ。
国周辺をぐるりと囲うように白霧が覆い、その中を進んでも、いつの間にか最初の地点に戻されているのだという。
クリム・クライム内部の人間が、外部の接触を拒んでいるのだろう。国全体に何かしらの仕掛けをしているのだろうと、そこまでは予測できるものの、今までそれを破れたひとは誰ひとりいなかった。
よって、クリム・クライムとは外界と完全に関わりを絶った国──
通称、【世捨て国】と呼ばれるようになったのだ。
思わずそれを言うと、彼が苦笑する気配を感じた。
「あ……ごめんなさい。こんな言い方されたら不愉快ですわよね」
「いや、構わない。そう呼ばれているのは知っているし、世捨て国──その呼び名も、あながち嘘じゃない。クリム・クライムは、外界からの接触を一切拒む、排他的な国家だ」
「あなたは……どうして、セミュエルを訪れたのですか?観光……というわけでは、ないのでしょう?」
その時、ちょうど、用意されてあった馬に辿り着く。
いつの間に用意したのか、バートリー公爵家が所有する馬の中でも、駿馬と呼ばれている子だった。
この分では、サイモン様はバートリー公爵家の厩番をも抱き込んでいるのだろう。
彼の気遣いに感謝して、私は馬に手を伸ばした。
(でも……どうしよう。私)
馬に、乗れない……!!
乗馬は令息の嗜みだが、令嬢は馬に乗ることはない。基本、馬車で移動するからだ。
【令嬢たるもの、優雅に、おしとやかに。馬に乗って駆けるなどとんでもない。
はしたないにも程がある】
そういった教育を、貴族の娘は受ける。
王太子妃教育を受けていた私が、乗れるはずもなかった。
だけど、乗れないとか言っている場合ではない。
私は、今名前を聞いたばかりの彼──サミュエルを見た。
「ごめんなさい。私、馬に乗れません」
「構わない。俺が支える。先に俺が乗るから、きみは後から乗って。それと──先程の質問だけど。それは後ででもいいかな。飛ばすから、乗ってる時は会話はできない」
「はい、分かりました。……よろしくお願いします」
ひとまず、落ち着いた話はこの国を出てからだ。
私は頷いて答えると、彼に支えてもらい──馬に乗った。
アマレッタとして、クリム・クライムという国の存在は知っていた。
だけど、国外の様子はまったく記されていなかった【冬の王と、春の愛】には、とうぜんだが、記載されていない。
これは、どういうことなのだろう──?
(本来ならずっと後に起きるエミリア暗殺未遂事件が、こんな早くに起きたのも気になる……。今回、私が何をしたわけでもないのに。襲撃者は一体誰?私の知り合い……?)
馬に乗りながら、私は静かに考え込んだ。
それに、サミュエルというひと。
(うーん……正直、サミュエルにセミュエルってすっごいややこしい!)
そんなことを考えながら、私の後ろに座り、馬を走る男の素性を予測する。
(今知っているのは、彼がクリム・クライムという、本来、外部と一切の接触を拒む国の人間、ということ)
そして──。
サミュエルが、クリム・クライム王家の人間、ということ。