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第十七話  「小人と夢魔」

「やはー、気持ちよかったぁ。やっぱりファフニールで翔ぶのはいいなー!」


 任務を終えてラテストウッドに戻ったロビンは、凝った体をほぐすように伸びをしながらそう言った。

 鋭くしていた眦は元のまんまるな形を取り戻し、お気に入りの玩具で遊び倒した子供のような表情を浮かべている。


「随分とスッキリした顔をしているではないか」

「あ、カミィ。おつかれー」


 ロビンはヒラヒラと手を振ってカミーラを出迎えた。

 彼女は黒いレースに包まれた細腕を上げて「うむ」と応えると、格納庫(ラージボックス)に収納されつつあるファフニールに視線を向ける。


「ヌシも大活躍だったようじゃの。あの人形も問題なく稼働するようで何よりじゃ。正直なところ、この世界基準の魔石でどこまで動くものかと懸念を抱いておったが……」

「ふふん、そこは腕の見せどころさ。これでもボクは人形使いの最高峰、ゴーレムマスターのロビン君だからね」

「……ヌシが普通の人形使いかどうかは色々と疑問が残るがの」


 カミーラが口にしたように、ロビンの戦闘スタイルは普通の人形使いと比べてかなり異質である。


 本来、人形使いは最前線から離れ、強力かつ代えの利く人形――ゴーレムを遠隔操縦で戦わせるのが一般的な戦闘スタイルだ。戦闘能力の大半はゴーレムのスペックに依存し、人形使い本体のステータスは低めであることが多い。その為、人形使いと敵対した際にはゴーレムを相手にせず本体を狙うのが常道とされる。


 肩や背に乗る搭乗式のゴーレムも存在するものの『ゴーレムがいくらやられても本体は無傷』という人形使い最大の利点を殺してしまうことから、上級職になればなるほど使われなくなる傾向にあった。遠隔操縦の有効距離が短い未熟者でもなければ、このタイプのゴーレムを好んで使おうとは思わないだろう。


 そんな中、常識なんて知ったこっちゃないと言わんばかりにあえて逆の道を選んだのが、好奇心旺盛な小人と工学の民たるドワーフの間に生まれた稀代の天才児、【混合種(ミックス)】のロビンである。

 彼は古代遺跡で発見した機動兵器――失伝技術(ロストテクノロジー)の塊である巨大な機械人形(オートマタ)の残骸を発掘すると、これをリストアしてゴーレムに仕立て上げるという【計画書】を王城に提出したのだ。


 成功する見込みは未知数であり、挑戦するだけで巨額の費用を必要とするその計画は内政担当官(エルティナ)によって即座に却下されかけたのだが――そこに待ったをかけたのがヘリアンだった。


『古代遺跡での発掘に成功? ――なにこれ、なんだこれ! おい、マジか! 浪漫の塊じゃん!』


 当時高校生だった三崎司(ヘリアン)の台詞である。

 彼は決戦兵器や機動兵器などといった浪漫ワードに理解のある、いつまでも少年の心を忘れない――言い換えれば中二病気質のある――青少年だった。

 そんな彼は前代未聞にして無謀とも言えるこの計画書にゴーサインを出し、湯水の如く資金を注ぎ込んだのである。


 その総額は当時の国家予算にすら迫る勢いだったが、王から全面的なバックアップを約束されたロビンはメラメラと熱意を燃やし、最終的には『最新の魔導工学といにしえの失伝技術(ロストテクノロジー)が融合した唯一無二のゴーレム』としてファフニールを完成させるに至ったのだ。


 聖魔暦一五〇年時点で同タイプのゴーレムは存在せず、ファフニールは再現不可能なワンオフ機としてゴーレムの頂点に君臨し続けている。


「敵方からすれば悪夢よの。人形使い共通の弱点である本体を狙おうとしても、肝心の本体はゴーレムの中。その上遠隔操縦の有効距離の縛りすらなく、圧倒的な火力で戦場全域を翔け回るときては手がつけられん」

「あっはっはー! いいよいいよもっと褒めて! ボクってば褒められると伸びる子だから!」

「調子に乗るでない。だいたい何じゃ最後の一発は。どう考えても過剰攻撃であったろうに」


 カミーラが苦言を呈するのは、妖精母竜フェアリー・マザー・ドラゴンにトドメを刺した竜撃についてだ。快活な笑顔を浮かべるロビンに対し、彼女の表情はやや硬い。


「直上への射撃だったからよかったものの、少しでも射角がズレておったら結界に当たっておったぞ。危うく外部に露見するところじゃった」

「だからちゃんと真上に向けて撃ったじゃない。結界、壊れなかったでしょ?」

「妾が指摘しているのはそういうことではない。そもそも撃つ必要がなかったはずじゃと言うておる。あの程度の攻撃ならば主砲アウルヴァングだけでどうにでもなったであろうに」


 カミーラは第六軍団の術者を総動員し、戦域全体を覆う認識阻害結界――先遣隊との一戦でも用いていたもの――で外部への情報を遮断していた。

 儀式魔術として展開したそれはある程度の防御力も付加され、妖精竜(フェアリードラゴン)の流れ弾程度であれば問題なく対処可能な優れた結界ではあったものの、さすがにファフニールの竜撃を受け止められるはずもない。直撃どころか掠っただけで結界が破綻しかねず、カミーラとしてもかなり冷や汗ものな一幕だったのだ。


「いやまあ、それはそうかもしんないけど……せっかく出番もらえたんだから派手にやりたいじゃない? みんなはこの前の戦争で出番もらえて満足かもしんないけど、ボクだけ待機したまま終わっちゃったんだよ? 手柄どころか出番ゼロだよ? ファフニールの中でポツーンと座ってたまま終戦迎えたボクの気持ちとか分かる?」

「……まあ、そこには若干同情せんでもないがの」


 ファフニールのメンテナンスや起動用の魔力供給を行うラージボックスだが、アルキマイラの首都アガルタには存在しない。というのも、首都近郊の拠点に研究所や大規模工房を集結させており、ラージボックスもまたその拠点に建設していたからだ。


 従ってラージボックスに駐機されているファフニールは、本来ならば世界間転移現象に伴って元の世界に置き去りになるはずだった。しかしその日ばかりは建国祝賀祭を盛大に祝う為、式典用装備を纏った状態でアガルタの大広場に移動させられており、これにより偶然にも置き去りという難を逃れていたのだ。

 アルキマイラの戦略観点上重要な役割を持つファフニールをこの世界に持ち込めたのは、まさに僥倖だったという他ないだろう。


 そして二ヶ月前の戦争の折、ロビンは人気のなくなった大広場でファフニールと共に今か今かと出番を待ち続けていたのだが、結果として彼の出番はなくそのまま戦争終結に至ったわけである。

 王の演説によって人生最高潮にやる気を出していたこともあり、終戦を聞かされた際のロビンはかなり切ないことになっていた。


 当時の彼の心境を想えば自然、人物特徴に【冷酷】を有するカミーラですら、追及の言葉に勢いがなくなるというものだ。


「それにさ。今後ファフニールが必要になる場面を考えたら、できるだけ多くの機能を試しておきたいじゃない。『動くだろう』と『動く』はまるで意味が違うんだから、実動データを手に入れておくに越したことはないでしょ?」


 ロビンの言うことはある種正論である。

 何故ならばファフニールはアルキマイラにおける切り札の一つ。絶対に勝利しなければならない闘いにのみ投入される、決戦兵器だからだ。


 その戦略コンセプトは『規定時間内に指定目標を確実に撃破する』というものであり、ファフニールの攻撃目標は『敵軍が有する最大戦力』、或いは『敵対勢力の中枢部』のどちらかに分類される。

 前者は単純に最も脅威となる戦力を斃すことを。後者は王や軍団長・指揮官ユニットの撃破を通じて敵陣営全体にダメージを与えることを目的としているというわけだ。この点『敵軍を纏めて殲滅する』ことで対軍戦闘に長けているとされるノガルドとは、全く異なるコンセプトが与えられていることが分かる。


 但しファフニールが真価を発揮する為には“覚醒めよダインの遺産(ダインスレイヴ)”が必須であり、かつ一度戦闘を行うだけでも魔石を代表とした大量の資源を消費するという欠点を抱えていた。加えて戦闘後は劣化したパーツの交換が必要になり、莫大な費用の捻出に迫られる。これほど内政官泣かせな兵器も他にあるまい。


 そしてその性質上、出撃したならば必ず戦果を上げなければならないのがファフニールだ。出撃するだけで凄まじい費用と人員を要することを考えれば結果が求められるのは当然だが、『必ず』などという枕詞がつくとなると話がガラリと変わる。そこに理想と現実の超えがたい壁が立ちはだかることは説明するまでもないだろう。前述の滅茶苦茶な戦略コンセプトもまた同様である。


 しかし稀代の【天才】たるロビンの駆るファフニールは一度たりとも任務に失敗したことはなく、今の今に至るまで不敗神話を保ち続けている。

 他の八大軍団長が何らかの形で敗北経験を有する中、唯一不敗神話を維持し続けているという一点において、彼と彼の駆るファフニールは紛れもなく『最強』の決戦戦力と言えた。


「だからボクは悪くない。王様の許可も出てたし、エル姉からの予算もちゃんと下りてる。完璧な理論武装だね」

「理論武装などと口にした時点で語るに落ちておるが……その台詞、メルツェルの前でも言えるのかの? 大型ラジエーターを一基丸ごと使い潰されたと知って青筋を立てとるようじゃが」


 ぷい、とロビンは明後日の方向を向いた。そのままわざとらしく口笛を吹き始めたりする。

 カミーラは哀れな整備兵らを思い、艶のある唇から溜息を零した。


「まあよい。……それはそうと、あの女官長殿は随分と肝を冷やしたようじゃな。ただの子供と知らず知らずのうちに侮っていたヌシが、アルキマイラにおける最強の一つと知って」


 カミーラが語るのはノーブルウッドとの開戦、その現場に立ち会ったウェンリについてだ。

 彼女はセルウィンによる先制攻撃が行われた際、現場に潜伏していた第六軍団の斥候の手により戦場を離脱していた。そして安全地帯から上空で行われた戦闘の一部始終を見届けるに至ったのだが、完全復活を果たした妖精竜がカトンボのように落ち始めたあたりから顔色が悪くなり始め、ファフニールの竜撃で妖精母竜が消し飛ばされた際にはショックのあまり卒倒していたのである。

 現在は寝床にて「騙された」「やっぱり化物だった」「二度と侮るものか」などとうなされていたりする。


「いやぁもぅ最強だなんて言われると照れるなぁ! ま、本当のことなんですけどー? ファフニールを使いこなせるのなんて超天才のボクぐらいだしー!? あっはっはー!!」

「我が君の力を借りねばそもそも戦えん上に、十五分間限定じゃがの」

「……元の世界から持ち込んだ極大魔石使っていいなら、もうちょいイケるよ?」

「どれだけ資源を食い潰すつもりじゃ、この内政官泣かせめ。銭投げ兵器(ガンダールヴ)を十発近くも使っておいてまだ食い足りんのか」

「だってこの世界の魔石ってば、中身がスッカスカなんだもの。もうちょい保つと思ったのに、第二炉心もすぐに止まっちゃったし」


 これでも節約したんだよ? とロビンは弁解する。

 実際のところ第二炉心が早々に停止したことは、ロビンを代表とする第七軍団の技術者たちにとっても予想外のことだった。品質の問題もあるが、単純に流用するには相性が悪いのかもしれない。


 そして腹ペコになりかけたファフニールを気遣い、魔力消費が少ないガンダールヴを使用せざるを得なかったというのがロビンの主張である。が、早々に見切りをつけて魔剣(ダインスレイヴ)を起動させていれば避けられた事態ではある為、できるだけ長く闘いを楽しみたかっただけという可能性は否定できないところだ。


 ちなみに、セレスが店舗に仕込んでいた侵入者撃退用の術式も『物体に使い捨ての術式を刻む』という点では魔弾と性質が似ているが、前者が〈罠魔術〉や〈罠呪術〉の適性を持つ比較的低位な魔法に限られるのに対し、魔弾にはその制限がない。それこそ魔弾のサイズと品質が許す限り、大魔術であろうが刻印することが可能だ。


 しかしながら魔弾に術式を刻む作業は、セレスに言わせれば『数万ページの写本をさせられている気分』になるらしく、無駄撃ちしたロビンが三十発ほど纏めて注文した際には普通にキレていた。我慢強いエルティナでさえ敬遠する作業であることを考えれば無理もないだろう。


「ふぅむ……やはり現地素材の単純転用は厳しいかの」

「結論出すには早すぎるけど、すぐに結果出せって言われるとちょっと難しいかなー。ボクんとこの職人は挑戦しがいがあるとか言って、すんごく燃えてたりするけど」

「そういえば試作品の幾つかを戦士団に提供しておったな」

「現地の素材だけでどこまでのモノが作れるか、って実験してた時の『影打』だけどね。ちなみに戦士団が使ってた武具の半分はラテストウッド製のやつだよ」


 ロビンの言うラテストウッド製とは、派遣されてきた第七軍団の職人の指導を受け、ラテストウッド在住のドワーフや小人などの職人が作った武具のことである。


 なにも今回の件で死力を尽くしたのは戦士団だけではない。

 彼らが護るべき市民もまた、各々の戦場で戦っていた。

 職人は寝る間も惜しんで技術習得や製造に励み、他の市民たちは彼らが仕事に専念できるよう、復興作業や炊き出しなどに鋭意取り組んでいたのだ。


 そうした意味合いで、今回の勝利はラテストウッドという国が総力を上げて勝ち取ったモノと言えるだろう。


「うーん。ファフニールの試運転も終わったし、記念に何か作ろっかなー。久々に暴れてスッキリしたら創作意欲が湧いてきちゃった」

「本当に気分屋じゃな、ヌシは。それでいて誰よりも優れた品を作るとあっては他の職人連中が不憫でならぬ。……ちなみに、あの女官長めに侮られていたことについては何の所感もないのかの? なんであれば、ヌシに代わって妾が手を下しても構わぬが」


 先ほどサラリと流された件について、カミーラは再度水を向ける。

 一縷の望みを篭めて、と表現するほど切羽詰まったものではないものの、チャンスがあるとすればこれが最後だろうと考えた末の行動だったのである。

 だが――


「ダメダメ、それはダメだよカミィ。ウェンリってばマジメちゃんだし、からかったらすんごく面白いんだから。いくら悪巧み連合のカミィでも、ウェンリに手を出したら怒るからね」


 ロビンは短い腕で大きくバッテンを作って言った。彼にしては珍しく語気が強く、意思の固さを思わせるものがある。


 駄目元で話を振ってみたものの、やはりウェンリはロビンにとって相当なお気に入りの様子だ。本人は微塵も嬉しくないだろうが、飽き性の彼が毎日欠かさず悪戯を仕掛けているだけのことはある。


「生真面目な輩なら身近にもいるであろうに。〝始まりの三体〟などその最たるものぞ」

「いやだって、獅子頭は頭硬すぎて話にならないし、リー姉は冗談通じなくて普通に叱りつけてくるんだもん。あと王様に告げ口されるのが怖い」

「エルティナは?」

「――カミィ。ボクはね、エル姉だけは怒らせないって心に誓ってるんだ」

「…………」


 何があったのか詳しく訊く気になれなかったが、骨の髄まで苦手意識を叩き込まれている様子だ。

 やぶ蛇を悟ったカミーラはつと、ファフニールを収容し終えて隠蔽状態に戻ったラージボックスを見やり、


「あー……メルツェルはどうなんじゃ。第七軍団の他の幹部連中は」

「飽きた。みんなすっかり慣れきっちゃって、悪戯仕掛けてもちゃんと反応してくれないだもん。女の子連中なんてスカートめくりしても『あーはいはい、きゃー恥ずかしい。――気が済んだらさっさと仕事に戻ってください』って感じだし。……ボケ殺しとかヒドイよね。ボク、上司なのに」


 さもありなん。第七軍団が設立して以来、五十年以上もの間彼の悪戯に付き合わされてきたとあっては、今更新鮮な反応など得られるはずもないだろう。

 その点、生真面目な性格で立場上あしらうことも出来ないウェンリは、ロビンにとって最高の遊び相手だったということだ。


 ともあれ、ただでさえ王から手出し無用の命令が下されている上に、ロビンのお気に入りときては言葉巧みに叛意を引き出すこともできない。個人的な報復についてはいよいよ諦めざるを得まい、とカミーラは肩を落とす。


「……まぁ、この先ロビンの玩具(オモチャ)にされ続けるとあらば、多少なりとも溜飲は下がるというものかの」


 加えて言えばウェンリに被害が集中することにより、他の民は多少なりともロビンの魔手から逃れられることになる。あの女が一人犠牲になることで被害者やトラブルが減るのなら、王の懸念や心労も幾分かは解消されるというものだ。


 カミーラはその論理で己を納得させ、それきりウェンリという存在をその他大勢の一人として処理することにした。こうした意識の切り替えは、情報戦を担当するにあたって必要な才能の一つである。


「うん? 何か言った?」

「気にするでない。こっちの話じゃ。……何はともあれ、これで後顧の憂いは絶ったわけじゃな。対ノーブルウッドに関する計画は完遂し、ファルニールの稼働実験も無事終了。その他収穫も大なり。我が君もお喜びのことじゃろうて」

「収穫? ファフニールの実験とノーブルウッドの退治以外になんかあったっけ」

「あるとも。大いにある。妾の考えが及ぶ限り、今回の計画には少なくとも五つの狙いが――」


 と、そこでカミーラはロビンを見て、「あー……」と僅かに考え込み、


「――大きく三つの狙いがある」

「ねえカミィ。なんでボクを見て数を減らしたの?」

「ヌシが望むなら細やかに五つ全部を説明してもよいが、問うたからには最後までちゃんと聞くのであろうな?」

「……で、その三つの狙いって何かな」


 ロビンは聞かなかったことにした。

 人物特徴に【天才】を有する彼だが、その力が発揮されるのは彼自身が興味を惹かれる分野に留まる。政治や策謀に関しては対象外だ。

 カミーラは予想通りの回答にジト目を返しつつ、説明を続ける。


「まず一つは、ヌシの言ったようにラテストウッドの安全確保じゃな。動乱の元となるノーブルウッドを排除し、大樹海に秩序と平穏を齎す。ノーブルウッドがオールドウッドを潰したのは予想外じゃったが手間が省けたの。アレも過激派ではなかったものの人間やハーフエルフを敵視しておった故、今後の障害になりえたでな」

「カミィがなにかしたんじゃないの?」

「我が君から許可が降りれば喜んでやったが、ノーブルウッドは独自の考えでオールドウッドを襲うに至った。これに関して妾はなにもしておらぬ」


 これは本当のことだ。開戦前にカミーラが干渉したのは『先遣隊全滅の隠蔽工作』『先遣隊全滅情報の暴露に伴う矛盾・諸問題の認識阻害』、そして『妖精母竜の封印解除支援』の三点であり、オールドウッド襲撃や自国民の虐殺については一切関与していない。

 場合によっては王の命令における解釈の余地、その隙間を突いてノーブルウッドの思考を誘導するつもりだったが、アテが外れた。何をするでもなくノーブルウッドは暴走を始めたのだ。


 そもそも先遣隊の一件から共通して言えることだが、妖精竜という戦力を得たからといって本来の目的である人間国家への侵攻が果たせたかと問われれば、ハッキリと否だ。暴走云々を語るなら、この時から既に始まっていたと言える。

 確かに超常の戦力を投入することにより人間国家群に損害を与えることはできただろうが、その先がない。最早完全な片道切符だ。妖精竜が飢え死ぬまでの間、少しでも道連れを増やしてやろうという死出の旅路にしかならないだろう。


(……大長老とやらの魂も何やら妙だったしの)


 カミーラが思い出すのは、先ほど情報を抜き取った魂の残骸についてだ。


 魂の記憶に嘘はなく、肉体から切り離した魂からは正確な情報を抽出することができる。但し肉体に守られていない魂など脆いもので、無遠慮に弄くればそれこそ転生に耐えられないほどボロボロになってしまうのだが、カミーラにとってそれはどうでもいいことだ。

 従って彼女は一切の遠慮呵責もなく長老議会の面々の魂を弄っていたのだが、そこで予想外の事実が発覚した。抜き出した魂はどれもこれも、彼女が手を付ける前から劣化が始まっていたのである。


 おかげでろくに情報も読み取れなかったが、劣化具合からしてここ数年の話ではない。


(百年前の戦争で得た疵か、他の術者による干渉か。或いは……屈辱の果てに自害したという女王の遺した呪いか)


 劣化が酷くて確証には至らないが、いずれにせよ前々からアレらは壊れていたということだ。自国民を躊躇いもなく供物に捧げたあたりから薄々察してはいたが、魂を直接弄ってその事実が判明した。


「それじゃ二つ目は?」

「む? ……うむ、二つ目はラテストウッドの立場の確立じゃな」

「立場って、アルキマイラ(ボクら)から見た場合のってこと? 同盟国でしょ」

「うむ。良き隣人として歩んでいきたい、と我が君が表明した通りじゃな。書類上は宗主国と属国という関係ではあるものの、限りなく対等な相手として遇することを望まれておる。じゃが、ここまでは建前の意味合いが強かったと言えよう。なにせ二ヶ月前の一戦では、ラテストウッドは何もしておらなんだからの」


 ノーブルウッドの先遣隊と戦い首都を奪還したことは勿論、怪我人の治療や復興支援、戦士らの教育や装備の提供など、今の今までアルキマイラはラテストウッドに力を貸し続けてきた。

 これだけを抜き出せば良き隣人というよりは単なる庇護対象である。事実、アルキマイラの民の何割かは同盟国とは名ばかりの庇護対象、或いは格下の弱者としか見做していなかった。


 しかし、今回の一件でラテストウッドは自ら戦いに身を投じた。

 妖精竜という本来国家間の戦争に用いられるべきではない超常の戦力を別にすれば、彼らはアルキマイラに庇護されることなく身を張って戦い抜き、勝利してみせた。守られるだけの存在ではないと身を以って証明してみせたのだ。


 もともと練兵場の近くに住んでいる住民に限っては、『あの(・・)第二軍団長の訓練から誰一人欠けず生還した』という偉業を成し遂げた戦士団に畏敬の念を抱いていたのだが、この一件で彼らを見直す者も少なからず出てくるだろう。


「なにより大きいのは『アルキマイラの隠れ蓑』になるという取引の実現性を証明したということじゃな。これにより、ラテストウッドはアルキマイラにとっての価値を明確に示した。欲を言えばもう少々成果が欲しいところじゃが、少なくとも表立って同盟関係に反対する者はそうそう出まいて」

「ふーん……王様も色々考えてるんだねぇ」

「なにせ世界を違えての国家間交流じゃからの。初手で躓けば今後の外交全てに影響しかねん。というか、ヌシも軍団長なら少しぐらいは……ああ、いい。言っても無駄じゃな」


 気のない返事に眉を顰めたカミーラだったが、すぐさま諦めたように呟いた。

 この手の話題の機微に疎いのは何もロビンに限ったことではない。むしろアルキマイラの民の総数からすれば、国家戦略を語れる人物は極少数に留まるだろう。


(ただでさえ脳筋連中ばかりじゃからのぅ……我が君の苦労が偲ばれるわ)


 分かっている人物の一人であるところのカミーラは、心中で憂いの呟きを漏らした。そしてだからこそ、自分が更に暗躍――もとい活躍せねばと、密かに決意を新たにする。


「で、最後の三つ目は?」

「ラテストウッドが国際社会に進出する為の布石じゃ。妾にとってはこれが一番大きいの」

「んん? 国際社会ぃ?」


 ロビンは怪訝気な顔で首を捻った。

 どのようにしてそこに話が結びつくのか、それの何が利益になるのか、まるで分かっていない様子である。


「うむ。これまでのラテストウッドは国家として正式に認知すらされておらなんだが、これからは人間国家との交流を開始するわけじゃな」

「……それ、ボクらになんか得あるの?」

「あるとも。我が君は国外における拠点作りをすると共に、ゆくゆくは商会を通じて民間レベルでの情報網を形成、手広く情報を収集する為の基盤を作る心算じゃ。しかし民間では手に入らぬ情報というものはある。そこを補完するのが――」

「ラテストウッドってこと? 王様とか軍団長……あー、この大陸だと貴族とかだっけ。そういう『上』の人たちしか持ってない情報を拾ってもらうとか?」

「そういうことじゃな」


 理解を示したロビンに、カミーラは己の肘を抱いた姿勢で首肯した。腕に乗った豊かな双丘が頷く挙動でたゆりと揺れる。


「でもそれって、成果が出るまですんごく時間かかるんじゃないの? ラテストウッドと関わりのある外の人なんて一部の冒険者だけって話だし」

「で、あろうな。故に今回の一件はあくまで布石に過ぎん。ただ、その後押しとして少々の小細工は仕掛けるがの」


 小細工? と不思議そうに首を傾げるロビンに対し、カミーラはピンと指を立てて告げる。


「ストーリーはこうじゃ」


 ――百年前の戦争を経て怨嗟に囚われたノーブルウッド。彼らは旧き血の一族たるオールドウッドの協力を得て、神が遺したとされる守護竜の解放を目論む。しかし封印解除の儀式は原因不明の破綻をきたし、制御を失った守護竜は暴走を開始する。


「おー。劇かなんかでありそうな出だしだね」

「喜劇か悲劇かは解釈次第かもしれんがの。続けるぞ」


 ――ノーブルウッドとオールドウッドのエルフは総力を結集し、暴走した守護竜の再封印に挑もうとするもこれに失敗。やむなく守護竜との戦闘状態に入り、結果として相打ちに終わる。オールドウッドは完全に滅び去り、ノーブルウッドもまた僅かな生き残りを数えるのみとなった。


「……こういうの、一人芝居って言うんだっけ」

「皮肉の利いたよい表現じゃな。そして話の締めはこうなる」


 ――やがて故郷を失った生き残りは賊徒に身をやつし、ラテストウッドに攻め込まんとする。しかしラテストウッドの戦士団は正面から賊徒を迎え撃ち、見事これを撃退。彼らの手には数ヶ月前から住み着いたとある職人の手による、深淵森(アビス)素材の武具が握られていたのだった。


「これってボクのことだよね! クライマックスはどうなるの!?」

「残念ながらこれで終いじゃ」

「あっれぇー!? ファフニールの活躍シーンは!?」

「全面カットに決まっておろう。あんなもの、外部に晒せるはずもなかろうに」


 カミーラは呆れ顔で言った。それこそ何の為に認識阻害の結界を張っていたのかという話である。

 不満顔のロビンを宥めつつ、彼女は続けた。


「そしてこの情報は冒険者どもに持ち帰らせる。奴らはこの手の話題に耳聡いようじゃからの。さぞかしよいスピーカーとなってくれよう」


 集落に逗留中だった深淵探求者(シーカー)のことだ。彼らには妖精竜やファフニールなどといった不都合な存在は隠した上で、ラテストウッドとノーブルウッドの戦闘、その一部を観測させている。


 〈暗示(ヒュプノ)〉や〈洗脳(ブレインウォッシュ)〉を使えば楽だったのだが、対象の抵抗力次第によっては時間経過によってレジストされる恐れがあり、用済みになった後に処分するつもりでもなければ容易には使えない。カミーラとしてはそれでも良いと考えていたが、残念なことに主人(ヘリアン)から禁止令が出されてしまっていた。その為、多少面倒ではあったものの〈幻影(イリュージョン)〉と〈偽装(ディスガイズ)〉を駆使してある程度の事実を観測させ、持ち帰らせるべき情報を詐術スキルで整えたというわけだ。


 後は無事に境界都市まで帰ってもらえれば、それなりに名が知れている――つまりは発言力がある――深淵探求者(シーカー)として、ラテストウッドの情報を拡散してくれることだろう。

 そして深淵森(アビス)の素材を加工可能な職人がラテストウッドに住み着いたという情報は、今後の国際社会進出に向けた強力な後押しになる。

 ともあれ、


「これでようやく、妾の手勢を境界都市に展開できるというわけじゃな。これまではたった一人しか派遣できておらなんだが雌伏の時もこれまでよ。リーヴェやセレスめに先を越された分も含め、一気に巻き返してくれるわ」

「おぉっ? なんだかやる気満々だね、カミィ」

「ふふん、当然であろう。なにしろ境界都市シールズはアルキマイラにとっての最前線。我が君自らが陣頭指揮を取る主戦場よ。我が君と同じ『人間』が住まう都市とは如何なるものか……実に楽しみじゃ」

「わーぉ。悪い顔してるぅ」


 からかいの言葉に「戯け」と返しつつ、カミーラは艶やかに微笑む。

 しかしながら三日月のようなその笑みは、なるほどロビンの言う通り、決して善良なものとは言えないだろう。

 にも拘らずその邪な艶笑に美しさを見出だせてしまうのは、彼女の魔性が為せる業だろうか。


「くふふ。忙しくなりそうじゃな」


 含み笑いを零したカミーラは、バサリと音を立てて鴉に似た黒翼を広げた。

 そして、これから多忙になるであろう――つまりは自分の活躍の場が増えるであろう未来予想図を思い描きつつ、彼女は意気揚々と『後始末』を終わらせにかかるのだった。




・次話の投稿予定日は【12月31日】です。

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