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第十六話  「後始末」

 

 息を切らして、森の中を一人のエルフが走る。

 ノーブルウッドの『長老議会』に名を連ねる者の一人だった。

 大長老、狩人長代行に次ぐ妖精竜(フェアリードラゴン)の指揮権を有していた彼は、追手が来ていないかどうか振り返ることすら恐ろしく、ただひたすらに足を動かし続けるしかなかった。


 空と地上の戦いに決着がついてから既に十五分以上が経つが、周囲に仲間の姿は見当たらない。彼自身、どこをどう逃げてきたのかさえ定かではないのだから無理からぬことだ。ただ、その場に留まっていては死ぬしかないのだという理性の声が、彼を含む長老や神官らに逃亡の一手を選ばせた。


 唯一逃げなかったのが大長老である。

 しかしそこに留まり続けたのは、何も矜持や国の代表者としての責任感などといった理由からではない。自分の眼で見届けた光景を受け入れられなかったのか、はたまた何もかも全て終わったことを受け入れてしまったが為なのか。大長老は周囲の誰が何を言おうとも反応せず、人形のように成り果ててしまっていた。


 きっと彼は、大長老だった抜け殻は、心臓が鼓動を止めるその瞬間までいつまでもそうしていることだろう。不都合な外界から自らを断絶し、自身の内側に閉じこもったまま最期を迎えるのは――ある意味、幸せな終わり方なのだろうか?


「否……! 否、否、否! それは違う! 断じて違う!!」


 藪を掻き分けつつ、脳裏に浮かびかけた甘い妄想を否定する。

 それを受け入れてはならない。是が非でも認めるわけにはいかない。僅かにでも許容してしまったが最後、この足は動かなくなってしまうに違いないからだ。そして狩人らを打ち倒して勢いに乗った敵兵の手により、無残な末路を迎えることになるだろう。

 三ヶ月前、自分たちがハーフエルフにそうしたように――。


「違う違う違う! そんなはずがない、これは何かの間違いだ。こんな悪夢が現実に起きようはずもないではないか!?」


 そうだ。その通りだ。何故ならば自分たちは尊き一族たるノーブルウッド。神樹に祝福されたハイエルフの末裔である。

 その輝かしい歴史がこんなところで終わるわけがない。ましてや自分はノーブルウッドの頂点に位置する長老の一人だ。だからこそ他の何を犠牲にしようとも生き残らなければならない。ここを生き延びさえすればきっと、自分たちには何らかの道が残されているはずで――


「――いいや、ここで『終い』じゃ。ここが貴様らの夢の終着点。四方を閉ざされた袋小路よ」


 耳元に突如生じた、女の声。


「…………っ!?」


 長老は慌てて足を止める。そして咄嗟に周囲を見渡そうとした直後、前触れもなく全身が硬直した。


 まるで見えない鎖で体を拘束されたような感覚。手足はおろか、頭の向きさえ動かせない。そうして固定された視界の下端に、透き通ったような白い腕が背後からにょきりと生えた。


 ――後ろに、誰かいる。


「な……何者だ?」

「くふ。これはまた捻りのない問い掛けよの。仮にも長老などという称号を名乗るのなら、もう少し瀟洒(しょうしゃ)な言葉を口にすべきであろうに」


 のう? と、甘ったるい声色で女は囁いた。

 背後から伸びる腕が絡みつくように首に触れ、そのしなやかな指先が顎先を押し上げる感触に長老は背筋を震わせる。

 その反応に幾ばくかの満足を得たのか、女は絡ませた腕を外し、ゆったりとした足取りで背後から正面へ――視界の中央へと回り込んだ。


 初めて直視した女の姿は、一度目にすれば二度と忘れぬであろう特徴的な外見をしていた。

 鮮血に似た紅い瞳。妖しげな色合いをした紫の髪。肉感的な肢体は胸元の開いた衣装に包まれ、深い谷間と白磁のような肌を惜しげもなく晒している。

 エルフの価値観からすれば豊満に過ぎたが、人間の眼には紛れもない美姫に映るであろう、そんな女だった。


「……〝穢れ〟めの放った走狗か? 遂に我が元にも死が追いついたと……?」

「く――くはははは! 走狗、妾を走狗とな! いやはや成る程、やればできるではないか。後半部分の詩的に過ぎる表現といい、今のは中々に愉快であった」


 何が可笑(おか)しいのか、女はカラカラと笑う。

 品の良い仕草にも拘らず、見る者の心をざわつかせる不吉な哄笑だった。


「しかし、(イヌ)はどちらかというとリーヴェの方でな。無論我が君が吠えろというのなら悦んでワンと鳴こうが、妾を獣に例えるならば、そうさな――」


 さしずめ鴉と言ったところか、と女は嘯いた。

 何を言っているのか長老には理解できない。けれど女が『敵』だということだけは否応なく理解させられた。そして追手に捕らえられたのだという事実を認識した長老はもがくのを止め、だらりと脱力して地面に視線を落とす。


「む? ……なんじゃ抵抗せんのか? 妾の拘束から抜け出せば、或いは生き残れるやもしれぬぞ?」


 ネズミを甚振る猫のような口調で女が問い掛けてくる。

 対する長老はうなだれたまま沈黙で応じた。

 暴れても無駄だという現実的な判断もあったが、何よりこの期に及んでこれ以上の無様を晒すことを嫌ったのだ。


 大義の為に全てを費やし、恥辱を雪ぐ為に戦いを挑み、そしてつい先程までは生存の為に走り続けた。長老としても一個の生物としてもやるべきことはやったのだ。そして結果が出たからには、これ以上の足掻きはノーブルウッドの沽券に関わる。その想いが、長老に諦観の二字を与えていた。


「随分と潔いではないか。古くから親交のあった隣国はおろか、自国の民さえも虐殺した者の行いとはとても思えぬ」

「……ッ」


 しかし、女のその一言に長老は鋭く反応した。侮蔑混じりの台詞の中に許容しかねるモノが含まれていたからだ。

 ここで自分が死ぬとしても、そして愛する母国の滅びが不可避だとしても、大陸におけるノーブルウッドの歴史は正しく記されなければならない。尊き聖戦の為に兵や民の垣根なく、皆が自らの意志で妖精竜の血肉と化すことを望んだのだと、そのように記されなければならないのだ。

 その使命感が、折れかけていた長老に反論の言葉を紡がせる。


「否、それは違う。先遣隊全滅の報を知った我らは即座に長老議会を開き、一族の総意として戦いの道を選んだのだ。妖精竜の血肉へと転じるは誉れであり、民もまた自ら望んだ行動の結果である。決して死を厭う民を虐殺したのではない……!」

「ほほぅ? 『アレ』を総意と称するとは、いやはや本当に大したものよ。恥を知るならば到底口に出来ぬ台詞じゃ。貴様らの厚顔ぶりには、さしもの妾も恐れ入る他ないというものよ」


 なんとでも言うがいい、と長老は心中で呟いた。

 下賤な異種族には分からぬ。所詮は〝穢れ〟の一味だ。高潔なる我らの思想を解そう筈もない。――凝り固まったその想いを支えにして、長老は嘲笑する女を睨みつける。

 そんな長老の眼前、女はふと、他人事のように素朴な疑問を口にした。


「しかし、些かばかり妙な話よな? 精鋭中の精鋭が選出され、更には妖精竜が戦力として加わった先遣隊――それがあえなく全滅したなどという一報をいとも容易く信じるとは、の?」

「……なにを言うかと思えば。それのどこが妙な話だと言うのだ。一報を齎したのは狩人の位に至った斥候であり、長らく重用してきた信のおける兵だ。故にこそ先遣隊が全滅したという情報は、疑う余地もない確かな……事実……で…………」


 ――と。

 そこで続くはずの長老の言葉が止まった。

 自分で口にした内容に、途方もない違和感を覚えてしまったが為の静止だった。

 致命的な何かを見落としていることに気付かされたような――自分が立っている土台が根底から揺らいだような、そんな感覚。


「――――」


 遡ること約二週間、先遣隊全滅という真実を長老たちは知った。偽装された心話を看破し、真実を突き止めた『連絡員』によってその情報が齎されたからだ。騙されていたことに気付いたあの時の激憤は今も鮮明に思い出せる。


 しかし不完全な復活だったとはいえ、神々が遺したとされるエルフの守護者。

 人間の中で最強の一人に数えられる聖剣伯でさえ、一対一では到底討ち取れぬであろう強大な力を有する妖精竜。

 それを単なる『流れ者の旅人』が斃したと聞かされて――どうして自分たちは、そんな荒唐無稽な話を真実として受け入れたのだろうか?


「――――、あ、」


 触れてはならないものに触れた。

 その確信が一瞬のうちに全身を駆け巡り、身を縛る束縛術式とは無関係なところで長老を硬直させた。得体の知れない感情が脳内を這いずり回り、視界がぐらりと歪む。


 ……そうだ。考えてみれば他にもおかしい点はある。大小様々な違和感・矛盾が渦を巻く中、その最たるものとして浮上するのは妖精母竜(マザー)の封印解除についてだ。


 確かに自分たちは百年がかりで封印解除の術式を構築し、完成させた。そして一体目の妖精竜を解き放ち、同じ階層領域に封じられていた他の六体もまた、ラテストウッドで収穫した餌の量に応じていつでも解き放てるよう準備を整えていた。だからこそ偽報が発覚し、妖精竜を完全復活させて復讐を果たすと長老議会で決議された際にも、さほどの苦労もなく封印解除の儀式を執り行うことができたのだ。


 だが妖精母竜が封印されていたのは神殿の最奥部。妖精竜の解放計画に最も尽力した神官長でさえ、まるで手出しのできなかった複雑怪奇な封印術式。百年がかりで解明の糸口さえ掴めなかったそれを瞬く間に、しかも神官長を欠いた状態で解呪できたのは、いったい如何なる奇跡が働いた結果か。


「――まさ、か。深層領域の封印解呪に、成功、したのは……」

「なに、大した理由ではない。貴様らが妖精竜にせっせと餌やりをしている間、少々手隙だったものでの。術式の調査をする傍ら、ついでに手を貸してやったというわけじゃ」


 どうせ自国の民草にまで手を出し始めていたしの、と女は肩を竦めて言った。

 その言動は平然そのもので、何ら含むものはない。少なくとも長老の耳には、端的な事実を口にしているだけのようにしか聞こえなかった。


「加えて言えば、あの手の遺物は残しておいてもろくなことにならん。ましてやエルフ族の血肉しか受け付けぬ竜種、その母体となれば尚更よ。誰にとっても害にしかならぬ存在ならば、ここで一掃しておくに越したことはあるまいて」


 膿は出し切らねばならんからのぅ、と嘯く女を前に長老は凍りついた。

 まるで氷柱を脊髄に差し込まれたかのような悪寒。

 呼吸が乱れ、心臓が早鐘を打つ。


「い――や、待て。そんな、そんな筈はない。深層領域の封印解呪については、この私自らが立ち会ったのだ。あの場に居たのは儀式を執り行う神官たちと、私を含む数人の長老を数えるのみで……」


 必死に記憶を掻き集める。反証の言葉を口にする。

 しかし言葉を重ねれば重ねるほど、何かが罅割れていく感覚に襲われた。

 避けようのない結末が目の前にまで迫っている。


「他にも居たであろう? 呪術に精通し、その応用として解呪にも心得の在る者が。とある長老が封印解除に関する協力を求め、神殿の最奥部まで自ら案内した一人の女術師が」

「…………居ない。そんな者は居なかった」

「いやいや、よぅく思い出してみよ。妾自らがここまで情報を晒した以上、既に魔眼の効力も消えておる。全ての精神支配から解き放たれた今、ヌシの想起を遮るものは何一つとしてあるまいて」

「黙れぇ! そんな者は存在しない! そんな者は居なかったァ!!」


 長老は瞳を血走らせて叫ぶ。身動きが封じられている以上、出来得る抵抗はそれしかなかったからだ。

 けれど否定の言葉を口にする都度に、空虚な風が胸の内に吹いた。

 いい加減に認めろと。既に気づいている筈だと。呆れ顔で呟く己がそこにいる。


「ああそうそう、そういえばあの時の礼をまだ言っておらなんだの。神官長に成り代わり祭祀を担当していた親切な長老殿のおかげで、労せずして神殿の最奥部にまで足を運ぶことができたわ。おかげで妾の仕事も随分とやりやすくなったというもの。今更ながら、心より感謝を示そうぞ」


 聞いてはならない。耳を貸してはいけない。何より理解してはならない。

 何故なら女が口にする言葉の数々は毒そのものだ。耳を腐らせ、脳を侵し、破滅を齎す致死毒のそれに他ならない。

 なのに女は手慣れたように、容赦なく、さらなる毒を追加する。


「安心せよ。前回の戦いは『なかったこと』にするが、此度の一戦はきちんとこの世界の歴史に刻んでくれようではないか。逆恨みの果てに過去の遺物にすがり、友好国はおろか自国の民さえ生贄に捧げて人間への復讐を果たさんとして――その過程でハーフエルフに討ち滅ぼされた、哀れで滑稽な国の末路を、の?」


 どこか優しさすら含んだ声で、女は静かに囁いた。

 その美貌には冷笑の色が浮かんでいる。

 道化に似合いの末路だと、真紅の瞳が告げていた。


「ぁ――――ぁぁあぁあああああああああああアアアア!!」


 ――そこが限界だった。


 己の矜持、人生、そしてノーブルウッドという国そのものを引き換えにしてまで果たそうとした大義。

 その全てが道化芝居に過ぎなかったという真実を暴露され、あまつさえ最後に守ろうとしたその歴史さえも利用されるのだと知らされた長老は遂に、本当の意味で発狂した。


「おぉっと。完全に壊れられては困るでな」


 そう言って、女――カミーラは喚き散らす長老の胸部に腕を突き入れた。

 傷一つなく内部に潜り込んだ右手が何かをまさぐるように蠢き、その奥底に潜んでいた形なきナニカを鷲掴みにする。そして長老の身体はビクビクと痙攣するなり、物言わぬ人形のように項垂れた。


「ふむ、やはり精神の均衡を失えば掌握しやすくなるか。このあたりは既知の魔物と変わらんの……む?」


 淡々と感想を述べるカミーラの傍らで、唐突に闇の塊が生じた。球状の闇は人に似た形へと変化し、やがて禍々しい捻れ角を生やした悪魔の姿へと転じる。

 第六軍団に所属するステルス特化の悪魔族――【隠匿の悪魔インヴィジブルデーモン】だ。


「カミーラ様。各地の戦闘状況について報告に参りました」

「申せ」

「ハッ。狩人長代行率いるノーブルウッドの主力は完全壊滅。各方面に分散し、都市急襲を画策していた他の少数部隊もまた、同様に展開していたラテストウッド戦士団の分隊によって撃破されました。討ち漏らしがないことも既に確認済みです」

「うむ。ならばこれで、此度の戦は全面終結に至ったということじゃな」


 空と地上も含めた全ての戦闘が終了した。後は戦場の後始末や、境界都市へ持ち帰らせる情報操作など事後処理の話となる。

 軽く思索を巡らすカミーラの眼前、配下の悪魔は力なく項垂れている長老――その残骸へと視線を移した。


「ところでカミーラ様、そこの個体は?」

「ノーブルウッドの最高幹部、長老議会に名を連ねる長老の一人じゃ。自国を戦いに駆り立てた身の上で逃亡を図ったが故、妾が手ずから誅罰した」

「……我らが王は『戦意喪失した敵兵は追撃せずともよい』と仰せだったかと思われますが」


 彼が口にした忠言は、開戦前に下された王の命令を引用したものだ。

 ノーブルウッドという脅威が消滅すればそれでいい。戦意を喪失した敗残兵や、一般市民の一人ひとりに至るまでを追撃せずともよい。――ヘリアンはそのように、カミーラ率いる第六軍団に通達していたのだった。

 しかし、


「うむ、我が君は確かにそう仰せになった。――じゃが『()()()()()()()()()()()()()()。明確にそうと禁じられたわけではない以上、これは我が君の命令に反する行為ではない。……そうであろ?」

「……ハッ」


 是、以外の答えを求めていない問い掛けに、悪魔は粛々と頭を下げた。

 カミーラは満足げに一つ頷き、冷たい眼差しのまま指示を出す。


「それと、この件については報告書に記載する必要はない。ただでさえ我が君は病み上がりの身じゃ。僅かばかりの手間とはいえ、目を通さねばならん報告書をわざわざ増やすこともあるまい」

「仰せの通りかと」

「ならば話はこれで終いじゃ。貴様らは他の個体を速やかに確保せよ。『検体』は多いに越したことはないのでな」

「ハッ。委細、承知いたしました」


 受命の言葉を残し、彼は再び不定形の闇へと姿を変えて去った。

 それを見送ったカミーラは右手に掴んだままの魂を眺めつつ、何の気なしに呟きを零す。


「……ふむ。戦闘の巻き添えで数体しか残らんかと思いきや、予想以上に収穫できそうじゃの。尊き犠牲などと嘯いておきながら、存外臆病者が多かったということか。出来ればこのまま本国の施設に収容しておきたいところじゃが……うぅむ」


 アルキマイラ本国――首都アガルタには、光も音も漏らさない第六軍団御用達の特殊施設が存在する。捕獲したスパイや斥候から情報を取り出す際にも重宝する施設なのだが、長老や神官による『検体』の総数はそれなりの量になる見込みだ。


 これを全て本国に移送するとなると、主人に気づかれる可能性が否定できない。

 わざわざ『追撃の必要なし』と言い含められている現状の背景を思えば、あまり愉快な結果にはならないだろう。輸送には万全を期す必要がある。場合によっては樹海の一角に、それ用の施設を秘密裏に建設することも検討しなければなるまい。

 カミーラは眉尻を下げ、困ったような笑みを浮かべてそんな感想を思う。


「なにせ我が君はお優しいからのぅ……」


 愛しき君、完璧なる王の唯一にして最大の欠点がそれだ。

 王はあまりにも優しすぎる。

 時と場合によっては、敵にさえ余りある慈悲を与えてしまう程に。


 そしてだからこそ、自分のような存在が必要なのだとカミーラは想う。

 何故ならばこの身は穢れなき王に代わり果てを聞く耳。厭うべき漆黒も聞くに耐えぬ怨嗟の声も、全てこの身が背負うべきものだ。


 こればかりは八大軍団長の誰にも託せない。王が最大の信を置く国王側近、リーヴェ=フレキウルズですら叶えられない役割である。

 それを他ならぬ自分だけが全うできるという事実に――王が王として正道を歩む為には、他の誰でもない自分が必要不可欠なのだという事実を再認識し、カミーラは快なる感情に身を浸した。


「くふ。くふふふふふ――」


 長老の胴体に腕を突き入れたまま、辛抱たまらぬといった様子で嬌笑を零す。

 それは恋する乙女のように純粋で、娼姫のように淫らな、ぞっとするほど美しい妖婦の微笑みであった。


 ――第六軍団長、カミーラ=ヴァナディース。


 彼女こそは【夢魔女帝(ナイトメアエンプレス)】にしてアルキマイラの耳。

 魂魔術(セイズ)の使い手にして数多の魔族を統べる魔性。

 八大軍団長の中で唯一【邪悪】の性質傾向を持ちながらも軍団長に任命された、悍ましくも美しき女帝である。




・次話の投稿予定日は【12月30日】です。

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